これって楽しいことらしい


トライアスロンって楽しいよ、とトライアスリートに言われ真に受けた私。ホントカイ。真実を探る旅、開始!
by trineko710
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丸牛

気分転換に家具を買った。

いつもは手軽に入手できるものを使っていた。

それでも良いという声もあった。

でも、本当にそれで良いのかが疑問になった。

組み立て式なので、自分で作った。

素材は段ボールだ。

作り終えて、ちゃんと役に立つのかがちょっと気になった。

どうやら気にいったようだ。

あと4つ買った方が良いのかどうか悩んでいる。
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# by trineko710 | 2011-04-10 22:45 |

太郎の戦略

そろそろ太郎がいなくなってひと月になる。

太郎は筋金入りのボス猫だった。だが、威張り散らすことは全くなく、ただ、とことん味方を護る、芯から頼りになるボスだった。

保護してからの4年間は隅男と一つの部屋にいたため、二匹は兄弟かと思うほど仲が良かった。そして、二匹が自由に家の中を歩き回れるようにしたとき、太郎のほうは堂々とふるまったが、隅男は怖気づいて大変だった。

太郎は身体が大きく、まったく物おじしなかったので、太郎とにらめっこしてすごすごと退散するのはうりやにゃんといった、先住猫たちのほうだった。

また、誰に対しても決して自分から猫パンチをすることはなかった。そんな太郎が誰かに立ち向かっていったのは、仲間を護るときだけだった。

誰だったかは忘れたが、あるとき、三階で隅男と出くわした子がいた。うりが隅男を追いかけていたので、うりだったかもしれない。すると、隅男が怒って唸りだした。そして、その声を聞いた太郎は脱兎のごとく階段を駆け上り、すくっと立ちはだかり、ものすごい形相で相手を威嚇したのだった。

私も殴られたことがある。

夏子が窓際のカーテンで遊んでいたので、ひょいとつかんだら、うぅぅぅ、と暴れて抵抗した。そうしたら、太郎がまるでグリズリーのように身体を持ち上げ、私のすねをばしっとたたいたのだった。

私があっけにとられていたら、太郎もまずいと思ったらしい。次の瞬間に掌を返したようになり、自分が叩いたところに頭をすりすりして精いっぱい謝っていた。

そんな太郎は、ひとたびみんなと一緒に暮らすようになったら二階で過ごすのが大好きになった。ところが、隅男は怖がりなので、なかなか三階から降りてこない。そして、おぉーん、という声を出して太郎を呼ぶ。

太郎はその声を聞くとじっと三階のほうを見つめ、そして、大きな体でぴょんぴょんと隅男のもとに向かって行った。

そんなことを繰り返していたが、しばらくしたら、隅男の呼びかけに応えなくなった。

隅男がいくら呼んでも、二階でゆったりと構えている。

「隅男が呼んでるよ。」と言っても、「わかってるもん」という風情だった。

「冷たいんじゃないの?」と言っても行かない。

太郎も変わったなぁ、と思っていたら、ある日、隅男がそろそろと三階から降りてくるようになった。

そして一歩一歩階段を降り、毎日少しずつみんなに近づき、そして、最後は二匹仲良く二階でくつろぐようになった。

あれは隅男を二階に呼びよせる、太郎の戦略だったのだ、とようやくわかった。

そんな隅男だが、太郎が死んでから、また三階のケージに引きこもるようになった。昼も夜も、太郎が昔寝ていたケージのてっぺんで丸くなって寝ている。私には何もすることはできず、心配だった。

地震の日もそうだった。ただ、それは安全な場所にいることも意味したので、少しほっとした。

地震から1週間ほどたったころだろうか。隅男が太郎を探すような声で鳴くようになった。

「太郎ちゃんもういないよ。どうしたの。」と聞いても、答えが返ってくるはずもない。ただ、なぜ今頃、と不思議だった。

3日ほど続いただろうか。鳴かなくなった頃に、二階に下りてくるようになった。

不思議な気持ちがした。これも、太郎の戦略かもしれない、と素直にそう思った。

大震災の時、仲間思いの太郎はぴょんぴょんと虹の橋を渡り、しばらく隅男と一緒に居てくれたのだろうか。そして、そろそろ大丈夫、と思い、2階に下りてきたのだろうか。

この世にお化けがいるかどうか。あまりそういうことは信じていない。大体、いたら、正直怖い。

でも、太郎のお化けだったら、これからもちょくちょく来てほしいな、と思うとともに、何があっても太郎が護ってくれるような、そんな気がしている。
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太郎が入院する前々日に撮影。太郎は牛と隅男の間に、クッションのように寝ている。夏子はソファーの逆の端っこにいたので、入りきらなかった。無理をしてでも6匹一緒の写真を取っておけば良かった、と少し後悔している。
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隅男と三階にいた時。
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仲良し。

# by trineko710 | 2011-04-06 01:02 |

プロジェクトD/自炊

生まれて初めて「自炊」してみた。

食べる物の自炊ではない。どうやら、自分の持っている本を解体して、スキャナで取り込み、電子書籍を自作することを「自炊」というらしい。

なにしろ本が多い。前の家から引っ越してくるときに確か300冊ほど処分したはずだが、まだある。ありすぎる。

ただ、今手元に残っている本は専門書で資料の意味合いが濃いので、なかなか捨てられない。でも、気軽に持ち運べる厚さではないので、必要な時にいつも手元にあるわけではない。

この本が無くなったら、少なくとも三分の一になったらどれだけ片付くだろう。電子書籍にしたら出張中に読むこともできる。

試しに一冊作ってみた。

思ったより簡単で気に入った。新たなプロジェクトが生まれた。

先週金曜日に久しぶりに友人と会った。近所に住んでいるが、多忙なためいつもは会うのは必ず土日、しかも二~三か月前から約束をしなければ、集まれたためしがなかった。

ところが、今回は数日前の連絡で集まれた。しかも、平日に。今の私たちの業界がいかに今回の原発の影響を受けているかが分かる。

実は私は今回の震災がかなり堪えており、太郎のこともあったのでひどくエネルギーレベルが低く、こんな気持ちでいったら、みんなに迷惑ではないかという思いもあった。

でも、会いに行って良かった。

3月11日にどこにいて、家に帰るのに何時間かかったか、という話から、もちろん震災について、そして今後の時間の過ごし方まで10時間近く話し、食べ、そして飲み、家に帰ったら、なんだか身体に蓄積していた重い疲れが少し取れていたような気がした。

友達からパワーをもらったのだろう。

だから、「自炊」をする元気も出てきた。ついでに、翌日、震災後初めてまともな料理も作った。

明日からも、少しずつ、一つずつ、たまっていることを片づけて行こうと思う。
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何かというとにゃんに甘えてパワーをもらう夏子。

# by trineko710 | 2011-04-04 00:47

報告

トライアスロンを始めて、なぜか太ってしまったという、あの件を覚えてらっしゃいますか。

本当は1月1日までに体重が戻らなかったら、このブログのタイトルを変更する予定でした。

そう、「これって太ることらしい」に。

しかし、とことん自分に甘いので、その期限を4月に延長したわけです。

報告です。

最近は忙しさにかまけてまったく練習をしていませんが、見事に減量に成功し、体重は1年前の今頃よりも減りました。

なので、タイトルは今のままです。

おまけに、ここ二日ほど猛烈に追い上げ、部屋の中は片付き、いらないものは全て捨て、見事にすっきりしました。

そして、まだ残っていた3年越しのプロジェクトBと、6年越しのプロジェクトCも、完了しました。

久しぶりに皆さんに良い報告ができ、誠に嬉しいです。今の私の気持ちは、台風の後の青空のように、すっきりと晴れ渡っています。

本当に良いものですね。

4月1日って。
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「はあ・・・。」

# by trineko710 | 2011-04-01 00:03

友好都市

震災の時、多くの人がそうだったように、私も気仙沼の火災の映像を見た。火は延々と燃え盛り、まるで消えるときがこないかのようだった。そして私はその様子を、黙ってじっと見ていた。

東北に親戚はいない。なのに、誰か、気仙沼に知っている人がいるような気がしてならなかった。名前も顔も浮かばない。なぜそう思ったのか。先週になり、ようやくその訳がわかった。

私の住む目黒区は、毎年秋にさんま祭りという催しを行う。新鮮なさんまがその場で焼かれ、たいそう美味しいと、大変なにぎわいらしい。残念ながら私はいつも仕事と重なり、一度も行けたことがない。でも、そのたびに、来年こそはと思っていた。

そのさんま祭りには二種類あるということだ。そして、私の住んでいる地域にさんまを提供してくれていたのが、気仙沼の方々だった。

去年はさんまが不漁だった。テレビのニュースで、気仙沼の漁師さんが「目黒との約束だから、なんとかして約束した数を届けないと」と言いながらさんまを用意をしている姿が映っていた。

そのことを思い出した翌日、区報が届き、区がトラック二台分の支援物資を震災から間をおかずに届けたとあった。

私にも何かできないだろうか、と思っていたら丁度回覧板の束が届いた。当番なので、束ねていた輪ゴムを外したら、「友好都市気仙沼へ送る義援金箱を設置します」というお知らせが入っていた。

台を出し、そのお知らせを一番上にして隣の家に持っていった。

そして、いつもは3週間くらいかけてのんびりと帰ってくる回覧板が、今回はわずか5日で手元に戻ってきた。

近所のみんなが急いで回覧板を回す姿が目に浮かんだ。
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今日の寝子。

# by trineko710 | 2011-03-31 01:17

日常生活

言葉にならない。

震災から2週間以上たったのに、いまだに身体に力が入らない。

業務が大幅にキャンセルになり、原発問題の終息が見えない中、時間だけはたっぷりある。

あれも、これも、やる時間はある。なのに、なかなか集中できない。

わずかに残っているやる気を振り絞って、物を捨てようと頑張ってはいる。

でも、なかなかはかどらない。

大量に紙と本がある勉強部屋の片付けをしながら、ネットで保安院や東電の記者会見を見るようにしている。

自分なりに、現状を把握しようと努力している。そして、記者会見のたびに、まだ先行きが見えないことを確認する。

原発の問題も、何もかも、長丁場だな、と思いながら、少しうなだれて二階に行くと、猫が寝ている。

眠りこけている猫をなでる。なでても、目を覚ましもせず熟睡をしている。

猫は日常生活に戻ったようだ。

それには、ほっとしている。
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日向ぼっこ牛。

# by trineko710 | 2011-03-28 23:57 |

ヨーグルト

大体毎朝ヨーグルトを食べる。

いつもぎりぎりまで寝ているので、バナナのようにすぐ剥ける果物とプルーンとナッツ、その上にヨーグルトをかけて朝食にする。

そして、その支度をしていると、必ずうりがやってくる。最近では太郎と隅男も来るようになっていた。

なぜかプレーンヨーグルトが好きなのだ。どうやら猫の中にはそういう子がいるらしい。

とくに、うりは好みがあり、あるメーカーのヨーグルトしか食べない。時々買い損ねて他のメーカーのものにすると、皿をのぞき込み、においをかいで、その後で私の顔をじーっと見る。そして、もう一度皿を見つめて、食べずに立ち去る。

ところが、毎日食べていたのにもかかわらず、震災の後、しばらく食べなかった。

まず、なぜかいつも食べているものではなく、普段はあまり食べないものが食べたくなったからだ。それらは大量のパンであったり、ジャンクフードだったり、出来合いの総菜だったりした。

そして、気がついたら、うりの好きなメーカーの物だけでなく、スーパーのヨーグルトの棚は空っぽになっていた。

先日いつも食べているメーカーのヨーグルトをたまたま見つけた。その時、自分がヨーグルトを毎朝食べていたことを思い出した。小さいサイズしかなかったが、手に取った。

少し気持ちが落ち着いてきたのだろうか。今朝、食べたくなった。

いつも通りうりと隅男が来たので、分けて食べた。貴重なヨーグルトだけど、猫の食べる量など、たかがしれている。小さじ三分の一、親指の爪ほどしか食べない。

二匹が嬉しそうに音を立てて食べている横で、ああそうだったのか、とようやく気付いた。

ヨーグルトの棚が空だったのは、買い占めではないのだ。確か、私が食べているメーカーは岩手に牧場を持っていた。震災の影響だったのだ。

そんなことにも気付かなかった自分の鈍さに呆れていたら、久しぶりに食べたからだろうか、うりと隅男がもっと欲しそうな顔をしてこちらを向いた。

しばらく食べられないかもしれないから・・・と思いながら、ふんぱつしておまけをやった。

そして、早くヨーグルトが棚を埋め尽くす日がきますように、と祈りながら、一人と二匹でしみじみと食べた。
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ようやく太郎がいなくても箱に入るようになった隅男。

# by trineko710 | 2011-03-25 02:13 |

自問自答

白状することがある。

地震当日、自宅近くで仕事だったため、まだ明るいうちに家に帰ることができた。友人が一緒で、お家に具合の悪いワンちゃんがいるというので、車で送ることにした。

その前に一瞬自宅に寄ったときに、津波の映像を見た。言葉を失った。

友人の家まで、往復20キロ強。彼女の家に近づくほどに渋滞がひどくなってきたので、後1キロほどのところで降ろし、帰路についた。その間ずっとラジオをつけており、想像を超える事態になっていることを感じた。そして、何が起きるかわからないから、ガソリンを満タンにしておくことにした。その時はガソリンスタンドはガラガラだった。

これは買い占めだったんだろうか。

外国人が早々と日本を引き上げていることを知り、地震のあった週末には、すでに業務の大幅なキャンセルを予測した。事実そうなった。そうこうするうちに、近隣の店からトイレットペーパーが消えた。

地震から一週間後、ネットショップから、トイレットペーパーが入荷しましたというメールが来た。

今後しばらく家にいる時間が大幅に増えることと、日ごろ買い置きをしないので実際に足りなくなることが予想できたので、注文することにした。

ホームページを開いてみると、ほとんどが売り切れで、ようやく見つかったのは1パック12ロールのものだけだった。貴重なガソリンを使ってわざわざ配達してもらうのに、少しでは申し訳ないような気がして、悩んだ末、2パック買った。

これは、買い占めなんだろうか。

今日、テレビを見ていたら水道水についての都庁の発表があった。

家には乳児はいないが、乳児サイズの猫がいる。どうするべきなのだろう。さんざん悩んだ挙句、今まで通り水道水を与えることにした。

大人には影響がないということで、自分のご飯もいつも通り水道水で炊いた。

でも。この先のことを考えた。万一、ミネラルウォーターが必要になったら。家には買い置きは少ししかない。猫に水をやらないわけはいかない。

咄嗟に、発表があった直後にネットショップで水を発注した。大きなサイズは全て売り切れだったので、200ミリと500ミリをそれぞれ1箱ずつ注文した。

これも、買い占めだろうか。

それとも、備えているだけだろうか。

私には、わからない。

夜になって近くのスーパーに行った。

いつも買うヘルシアがあった。いつも一度に3本買うので、いつも通り、そうした。

そうしたら、レジで「お水はおひとり様2本でお願いします」と言われた。

そうか。これは明らかに買い占めだったのか。どこかに書いてあったのだろうが、気付かなかった。

でも、これから、人に言われない場面で、何回、答えを出さなければいけないのだろうか。

瞬時に決めなければいけない場面が何回来るのだろうか。

自分勝手なのか。危機管理なのか。

答えがでないまま、自問自答をしている。

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地震後ようやく熟睡するようになった夏子。

# by trineko710 | 2011-03-24 01:18

本音

うりです。

この前の地震があった日、お母さんは留守でした。

家の中がものすごく揺れて、本当に怖かったです。

でも、牛はさすがでした。

お母さんが家に駆け込んできたとき、のんびりとソファーに座って、「ん?」って言ったそうです。

その後も、余震というものがあっても、牛はびくともしません。相変わらず、小さな箱に入って、ぐうぐう寝ています。大物です。お母さんは、何かあったときに牛が箱にはまって動けないんじゃないかと言っています。

夏子が一番怖がりました。ずーっと出てこないので、お母さんは心配していました。

あまりにも出てこないので、お母さんはクロゼットやらなにやらから物をわさわさと出して、探し出しました。

だから、実は部屋の中は、地震直後よりもさらにひどい状態になったんです。でも、これはここだけの話にしてください。

お母さんは最近ずっと家にいます。どうしたのかな?僕たちの世界には「ニュース」も「新聞」もないから、良くわかりません。ただ、しばらく、しょっちゅう家が揺れたので、やっぱり怖かったです。でも、だんだんそれにも慣れてきました。

お母さんの友達も、家にいるそうです。ワンコという種類の家族は、それをとても喜んでいるそうです。

僕たちも、「お母さんが家にいて、嬉しいでしょ?安心でしょ?」と聞かれました。

でも、僕たち猫は、感情を表に出さないのがうりなので、いつも通りに寝ています。

そうすると、いつも通りがいいんだよね、とお母さんが言いました。

でも、本当は嬉しいんです。

、と、言いなさい、ってお母さんに言われたので、言ってみました。
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チャームポイントのピンクの耳とピンクの肉球。

# by trineko710 | 2011-03-21 23:26 |

福島

去年福島に行った。

このブログでも書いたけれど、トライアスロンの大会だった。猪苗代湖から会津にかけての大会だった。

試合後に、山の上にある北欧風の静かなホテルに友人と泊まった。こじんまりとしたきれいなホテルで、夕食は地元でとれた食材でフランス料理、しかもワインなどのアルコールは飲み放題だった。

ロビーには福島で取れた牛乳で作った飲むヨーグルトが冷やして置いてあり、たいそう美味しかった。

このホテルのことが気になり、ホームページにアクセスしてみた。3月14日付の最後の更新で、しばらく休業します、とあった。

スタッフの方は全員無事だった。でも、国道が陥没してしまったそうだ。

休業の連絡の前に、「3月中旬は福寿草の季節です」というメッセージと、黄色いきれいな花が一面に咲いている写真があった。

もう、福寿草は咲いただろうか。

あの、小さなホテルは、いつか再開するのだろうか。

原発の問題が終息し、復興が始まり、ホテルが再開したら、また行ってみたい。

その日が来ることを祈っている。
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# by trineko710 | 2011-03-19 23:17 |

プリントゴッコ

父と母はきっかり半年の差で亡くなった。父は病気が分かってから1年未満、母も2年足らずの闘病生活だった。

亡くなった当時父親は84歳、母も76歳と高齢だったので、家から旅立ちたいという親の遺志と、ご近所の方にも良いだろう、ということで、今では珍しくなったが、自宅で葬儀をした。

しかしそうなると、家の中を片づけなければならない。すると母は、父が亡くなった直後に、ものすごい勢いで父の身の回りの物を捨て出した。

私と二人の姉は、正直その様子に唖然とした。情が無いんじゃないか??と疑ったりもした。

しかし、後から分かった。時間がたつと、捨てられなくなる。子供たちだけだと、捨てられなくなる。妻だった母が、混乱の中で潔く決断してくれたから、私たち子供は後から悩まずに済んだのだ、と。

その後に亡くなった母は、死期を悟っていた。何せ、「8月14日ごろに死ぬと思うわよ」とぽつりと言って、その通りになったのだから。

そして、まだ体力が残っているうちに、娘三人と形見分けをした。洋服や、着物や、これはどうする?と整理し、姉がもらったり、捨てたりと、本人が指示し、整理した。

だからやっぱり、母が亡くなってから、捨てられずに困るものはほとんどなかった。

ところが、この前の地震で、クロゼットから飛び出してきたものがある。大きなプリントゴッコだ。

私は親孝行などほとんどしたことがなく、いつまでたっても末っ子根性が抜けず、親にも姉にも甘えてばかりだった。しかし、そんな私が年に一度、両親に頼まれてしていたことがあった。それが年賀状作りだった。

亡くなった父は几帳面で、年賀状は毎年必ず元旦に配達されるように出していた。だから、私の年賀状作りが遅れると、いつもひやひやしていた。それでもぎりぎりまで我慢し、わたしもぎりぎりまで引き延ばし、そして12月も半ばを過ぎたころ、ようやく父親の分と、母親の分の年賀状をプリントゴッコで刷り、年に一度の親孝行らしきことをしていた。

・・・しかし、情けないことに、親にとっての最後の年賀状は、私が間に合わず、姉が作ったが。

なんにせよ、プリントゴッコは、私にとっての思い出の品になった。そして、私の持ち物だったので、母が捨てることもなく、私の手元に残った。

もう、使うことはない。しかも、両親が亡くなって間もなく、メーカーはプリントゴッコ本体などの製造を中止している。そして、多色刷りをしていたので、2種類もある。場所を取るし、地震で棚から落ちてくる。

でも、捨てられなかった。今までは。

いよいよ、これを捨てる時が来たのだな、と自分に言い聞かせている。

ごみになってしまうのは、何とも言えない気持がするけれど。でも、家の中を物にあふれた危険な場所にしないために、こういうものを捨てることから始めなければいけないのだな、と思う。

きっとプリントゴッコはそれを私に伝えるために、棚の奥から落ちてきたに違いない。
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隅男。太郎が死んでから、ほとんどの時間を三階のケージの中で過ごしている。ものすごく寂しいに違いない。でも、そのおかげで地震の時はしっかりケージに護られていた。これは地震の翌日、久しぶりに二階に降りて来た時の写真。

今回の大震災で、ご家族とお別れを言う時間もなく大切な方を亡くし、御遺品をがれきの中から探さなければいけない被災者とご遺族の方に心からお見舞いを申し上げるとともに、犠牲者の方のご冥福をお祈り致します。

また、今でも現地で危険を顧みず各種業務に従事してくださっている方々を心から尊敬いたします。

# by trineko710 | 2011-03-17 00:06 | 片づけ

地震直後

ようやく確定申告が終わった。

明日が締め切りで、太郎のことや突然の地震を良く理解してくださった優しい税理士さんは、辛抱強く待ってくれた。

やっと終わったので、記憶が新しいうちに、恥をしのんで、地震直後に我が家がどんな状態だったかをお見せしようと思う。

まず、家自体の説明をすると、我が家は極小住宅の、三階建のペンシルハウス。長方形で南北の辺が長い。

地盤が弱いのか、衝撃を吸収するつくりなのか、とにかく良く揺れる。ちなみに2004年完成なので、築6年。

家の中には大きな家具はそんなにない。木でできている家具は仏壇、食器棚、本棚、ローチェストのみ。

部屋は整理整頓からは程遠く、紙と本が多すぎる。特に、確定申告中だったので、領収書を紙に張った束を箱に入れて床に積んであった。

さて、当日家に入ると、まず玄関の小窓においてあった折り畳み傘等が落ちているので嫌な予感がする。

そして、二階に上がると、まず目に入ったのがこれ。
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陶器にローズクオーツを入れて出窓に置いておいたが、もちろん落下。ところが、なぜか陶器は無傷だった。

二階のソファーには牛が悠然と座っている・・・。にゃんは少しおびえたような感じでテーブルの下にいる。うりが階段からおそるおそるのぞいている。

隅男と夏子を探しに、三階へ。

三階の廊下に積んでおいた靴の空箱(なんで置いておいたのか意味不明)は全て二階に転げ落ちている。

いつも三階のドアはストッパーをかけて、開けっ放しにしているのにドアが閉まっている。嫌な予感がしてドアを開ける。

まっさきに隅男を確認すると、三階建のケージの一番上に居て、無事。

そして、これが寝室の状態。(あまりにもむき出しだったので、ちょっと風合いを変えてあります)。
東西に大きく、長い揺れが起き、チェストの引き出しが何回も開いたり閉ったりしたことによって、本体が引っ張られて倒れたのではないかと思う。猫のトイレのカバーも取れ、チェストの上に置いておいたラジカセも、アルバムも、陶器も、全て散乱し、割れていた。
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それに加え、作りつけのクロゼットの中に入っていた唯一の重いもの、使っていないガスストーブが、クロゼットのドアをこじ開けて出てきていた。

そして、こちらが書斎の惨状。誓って言うが、ここは、朝、少なくとも床は見えていた。
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本棚に積んでおいた使っていないパソコンは、もちろん全て落下、本も、書類も、積んでおいた箱も、何もかも落下。机の横の棚においてあったテレビも小物入れも、何もかも。目も当てられない。かろうじてプリンタ―やデスクトップパソコンは位置がずれていただけで済んだ。

そして、壁を見ると、何とスイッチのカバーが取れ、土台にひびが入っていた。
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これが、こわれていない正常な状態。
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なぜカバーが取れたのか。おそらく、壁に立てかけてあった本棚が左右に何度も揺れ、スイッチに何度も当たることによって壊れたのだろう。

二階。テーブルに置いておいたものが散乱したことはさておき、食器棚の幅の広いほうは大丈夫だったが、その半分のサイズのものは、30センチほど前に出てきていた。中ではクリスタルのグラスだけ割れていた。
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これが、壊れたもの。
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こんな状態だったので、本当に夏子が怪我をしたのではないかと心配したが、15時間後にようやく出てきた。

地震の時、私は高層ビルの7階にいた。机の下にもぐりながら、こんな揺れはいまだかつて経験がしたことがない、と尋常でないものを感じた。私の家も相当に揺れただろう。よっぽど恐ろしかったに違いない。

そして、今でも余震が来ると身の縮む思いがする。東京に住んでいる私ですらこんな気持ちになっているのだ。東北の被災者の方の恐怖を思うと言葉がない。

この写真を公開することによって、「こういう部屋にしてはいけない」、と少しでもみなさまのお役に立てたら、と思う一方、これを教訓に、本当に家の中をすっきりさせようと誓う。

今週後半の会議が中止になったので、片付けよう。手遅れにならないうちに。

# by trineko710 | 2011-03-14 23:09 | 片づけ

夏子

夏子出てきました。良かった・・・・。

太郎が連れて行ってしまったかと思いました。一体どこにいたんだろう・・・。

余震が続くので怖いです。昨日は心配でほとんど寝ていなかったので、これから少し寝ます。

皆さんも、本当にお気をつけて・・・。心配して連絡してくださった方々、ありがとうございました。

# by trineko710 | 2011-03-12 07:40 |

皆さん無事ですか。

ご心配おかけしています。
私は無事です。家から近い現場での仕事だったため、夕方には帰宅できました。

家の中は悲惨な状態です。三階の背の低いチェストが倒れ、本棚が30センチ移動し、もちろん本は雪崩状態をを起こしています。

二階の食器棚も30センチ動き、中で薄いグラスが割れています。冷蔵庫も、あけたとたん中身が出てきました。

日頃家の中を片付けていなかったことが被害を大きくしており、余震が続くので怖いです。でも、家に帰ることができただけで幸運と思わなければいけません。

猫の夏子だけが姿が見えません。怖がってどこかに隠れているだけなら良いのですが。何かの下敷きになっていたらと思うと心配です。

皆様もどうぞご無事でいらっしゃいますように。都心に居ます。何かできることがあったら言ってください。ただ、通信状態が悪いのが歯がゆいですが....。

# by trineko710 | 2011-03-11 23:48

虹の橋

ペットを飼っている人のブログを読むと、もしくは、動物を家族として暮らしている人のブログを読むと、時々「あの子は虹の橋を渡りました」という表現が出てくる。

そのようにして、家族動物が死ぬことを表しているのだなあ、と思っていたら、今日いつも来てもらっているペットシッターさんに「虹の橋のこと、知ってますか?」と聞かれた。

「聞いたことはある」と答えたら、「可愛がっていた動物が死ぬと、虹の橋を渡って向こうの世界に行くんですって。それで、飼い主さんが死んだら、虹の橋のふもとで、生きていた時の姿で待っていてくれるんですよ。」と教えてくれた。

できたら、誰にも可愛がられることのなかった動物も、虹の橋を渡ってほしいと思いながら、そうか、そうなら、初代コロも、二代目コロも、ポチも、うりのお母さんの「お母さん」という名前だった猫も、子供のころに飼っていたハツカネズミも、遂に蝶々になることもなくさなぎのまま固まってしまったあげは蝶も、ハワイでつかの間飼っていた猫のホワイティ―も、ブラウニーも、どこかに消えてしまった亀や、何匹も飼っていたひよこも、金魚も、待っていてくれるのかな、会えるのかな、と思った。そして、太郎も。

残念ながら太郎は昨日、3月8日火曜日の夕方6時過ぎに虹の橋を渡りました。

正直、急変する直前まであまりにも元気だったため、今でも信じられません。でも、ともすれば過剰に看病をする傾向のある私に、太郎はあっさりと「短かったけれど、僕、もう十分生きたよ。楽しかったよ。」と言ってくれたような気もします。

ブログを通じて太郎を可愛がってくださった皆様、ありがとうございました。また、ゆっくり太郎のことを書く時があるかと思います。そのときはよろしくお願いいたします。本当に、「いいやつ」でした。可愛くて可愛くて、しかたありませんでした。

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2011年1月撮影。
太郎。2005年頃?生まれ。2006年2月保護。2011年3月8日永眠。
大の仲良しの隅男と。

それから、悩んだのですが太郎の最後の顔が安らかで、微笑んでいるようなのでよかったら見ていただくことにしました。続きを読むのやり方が分かったので、もしもお別れをしていただけるようでしたらよろしくお願いいたします。

お別れの写真

# by trineko710 | 2011-03-09 00:37 |

ほぼ日箱

太郎がとても元気だった、少なくとも元気に見えた去年の12月、牛と一緒にある挑戦をした。

それは、ほぼ日手帳箱への挑戦。

この箱は、極めて小さい。まさか、これには入らないだろう、と思ってちぎって捨てようと思ったときに視線を感じ、とりあえず床に置いた。

すると、数分後にはこうなった。
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「上に乗ってるだけじゃないの?」とコメントしたら、「じゃあ、お母さん、入ってみたら」と言われた。
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順番待ちの牛。
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牛の番。
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そしてこの最少記録箱は最短記録で壊れた。

今、太郎の具合はとても悪い。ずっと元気にしていたから、私に余計な心配をかけなかった。私はそんなボス猫気質の太郎に甘えてしまっていた。

ぎりぎりまで治療をしたほうが良いのか、家に連れて帰った方が良いかどうか、迷っている。少しの間でも管からはずしてあげたい。でも、あきらめきれない。太郎が楽な方を選んであげたい。

迷っている。

# by trineko710 | 2011-03-08 00:06 |

太郎

今日(正確には昨日)、太郎が入院してしまった。

去年の5月に慢性腎不全だと分かってから9カ月。容体も安定していて、元気に暮らしていたから、少し油断をしてしまった。当初は毎週病院に行っていたのに、忙しさにかまけて最近は10日から2週間に一度に減っていた。

そのせいではないかと、今更後悔しても仕方がないけれど、悔やまれる。

猫はぎりぎりになるまで本当に元気にしている。太郎も、おとといまでは食欲もあって、丸々と太り、きげんも良かった。

容体が改善して戻ってきてくれることを願っている。
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金曜日の太郎。にゃんと牛のしっぽで遊んでいた。

太郎がいなくなって隅男が寂しそうにしている。

# by trineko710 | 2011-03-07 00:41 |

お母さんへ

三月になりましたよ。

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・・・・・。

# by trineko710 | 2011-03-01 01:57 |

屋久島

確定申告で苦しんでいる皆様へ。

癒される海と山に囲まれた屋久島に逃避行しませんか。

みんなで行ったら、3月15日のことを、本当に忘れられるかもしれませんよ。

どうですか?

何の解決策にもならないこと請け合いです。
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# by trineko710 | 2011-02-25 00:38 |

ウルフ猫の祈り

夏子です。
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いつもは、カメラを向けられると、こんなに可愛い顔でポーズするんです。

でもね、昨日は思わずこんな顔になりましたよ。
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なぜだか、聞いてくれます??ちょっと・・・いや、ものすごく長いですけど。

まあ、ことの発端はワタシたちかもしれないんですけど。

お母さんはワタシたちのことを「演技派ウルフ猫集団」っていうんですよ。なんでかっていうと、「ご飯もらってないふり」をするのが、まあ、上手いといえば上手いんですよ。「嫁がご飯をくれない」っていう感じですかね。

たとえば、お母さんの帰りが遅くてペットシッターさんにご飯をもらっているのに、お母さんが帰ってくると「お腹すいた~」と騒いで、もう一回ご飯くれないかなあ??って試してみるんですよ。

この間も、夜ごはんの後お母さんが出かけたので、帰って来た時に同じことをしてみたんですよ。そしたらそれがあまりにも迫真の演技だったので、お母さん、しばらくじーっと考え込んでました。記憶をたどってたんですね。

それでも成功したことはないんですよ。でも、他にすることもないし、暇つぶしだと思って、時々みんなと協力してちょっとお母さんをからかってみるんです。

だからお母さんは「そんなことしていると狼猫って言われるよ」という意味でワタシたちのことをウルフ猫集団って呼んでるんですけどね。

で、昨日のことなんです。

お母さんはずっと部屋にこもってました。紙がいっぱいある部屋です。ワタシたちは、いつも通り箱がいっぱいある部屋でくつろいでました。

それで、夜7時ごろ降りてきて夕飯を食べてたので、ワタシたちにもご飯ちょうだい、って言ったんです。

そしてら、ちらっと時計を見て「まだ早い」って言うんですよ。だいたい8時ごろなんですよね。ワタシたちのご飯。

そのあとお母さんはまた紙の部屋に消えて行きました。まあ、そこまでは仕方ないです。

問題はその後です。

全然ご飯くれる気配がないんですよ。

待てど暮らせど出てこないんです。

仕方ないので、にゃんが呼びに行きました。

でも、にゃんは仕事中のお母さんにしょっちゅう甘えに行くから、「また来たの」で済まされたんです。

だから、ワタシも行きました。それでも「夏子も来たの」で終わりです。

待ちきれなくなって、太郎と隅男も行ったんですよ。それで、みんなでお母さんの顔をじっと見て、時々可愛い声で鳴くのに、「全然」「全然」気がつかないんです。

とにかく「一心不乱」にパソコンとかいうものと、紙を見比べて、何かしてるんです。

でもワタシたちも、ずっとそこにいました。

そうしたら、こう言ったんです。

「もう、ご飯あげたでしょ。まったく演技派なんだから。」

もらってないもん!!!

ありえなくないですか??昨日のは、演技じゃないもん!!

でも、駄目なんです。もう、思いこんでるから。

そのうちに、疲れてきて、みんなであきらめて箱部屋に戻りました。

お母さんはそれでも気付きませんでした。

それで、夜中の3時ごろですかね。やっと降りて来たんですよ。それで「あ~疲れた・・・。もう寝よう。」とか言って、キッチンのシンクを見たんです。そしたら、洗い物をしていないのに気付いたんですよね。それで、お皿を手にしたとたんに思いだしたみたいなんですよ。

「あああああああっっっっっ!!!」って叫んでましたからね。

でもワタシたちはその頃はもうふてくされてるもんですから、もう、「夕飯なんてどうでもいいもん」的ポーズを取ってるわけですよ。

お母さんは相当悩んでましたよ。「ボケたんじゃないか」って。「何を食べたか忘れるのはただの物忘れで、食べたことを忘れるのはまずい。で、これは?これは何??」とかぶつぶつ言ってるんですよ。

それで牛がのそのそって出て行って、これ見よがしに目の前で猫草食べたらようやく我に返って、いつもの量の半分だけくれました。もうそろそろ朝ごはんだから、というのがその理由だそうです。

ワタシは思うんです。ボケたかどうかはわからないけど、どうやら原因は、あの紙の山らしいって。

今までは「お母さん大変そう」って結構人ごとだったんですけど、今は真剣に思います。

こんなことが二度と起こらないために、お願いだから「カクテイシンコク」というもの、早く終わらせてください。

神様仏様。それがワタシたちウルフ猫の心からの祈りです。

・・・でも、無理ですかね・・・。

こんな長いブログ書いているようじゃ・・・。

# by trineko710 | 2011-02-22 00:57 |

クイズ

(A)この写真に写っていない家族は誰でしょう。
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(1)隅男
(2)お母さん
(3)上記の全て

(B)こんな写真を撮ったりして、お母さんが逃避しようとしている現実は何でしょう。

(1)確定申告
(2)請求書作成
(3)過去6年間の経歴書作成
(4)上記の全て

回答:
(A) (3)
(B) (4)

# by trineko710 | 2011-02-19 23:33 |

パフォーマンス

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「あーもーやだやだやだやだ。確定申告なんてやりたくない!!」というお母さんの気持ちを表してみました。

11年2月17日(木)の練習
やけを起こして駒沢公園に走りに行った。しかし相変わらずの練習不足と減量不足でわずか二周のみ。約4.2キロ かかった時間は35分。8分24秒/キロ rebirthパーソナルレッスン。

# by trineko710 | 2011-02-18 00:04 |

予定

12月の那覇マラソンは練習不足で棄権した。

チケットをマイルで取ったので、変更するにも期限がある。丁度良いので、今週末の沖縄マラソンの「10キロの部」にエントリーした。なんて軟弱。でも、なんて気が楽。

楽しみにしてたのに。

でも、確定申告をほっぽって行くわけにいかない。なので、きっとまた行けないに違いない。悲しい。ただ、日曜は雪になるらしいので、羽田に戻ってこられなかったら困るから、それでよかったのだろうと思おう。

3日あれば終わると思っていたのに・・・。こういうことは、思っていた時間の二倍はかかるものなのだなと、改めて思う。

それにしても、去年見つからなかった領収書が出てきて、今年必要な書類が見当たらないのはなぜ。なぜなぜ。

来年の分からは、つまり今年からは1年分をまとめてやらずに毎月まとめておこうと心から誓うのだった。
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お母さんはちょっとへこんでいます。

# by trineko710 | 2011-02-15 22:06 |

チョコレート

今日、外に車を停めて駐車場に戻ったら2人の若い男性が立っていた。停まっている車は私の車だけ。

何しているんだろう、と思っていたら、二人で壁に向かって立ち、何かをしだした。

漫才の練習だった。この寒空で。えらいなあ、どちらがボケでツコッミかな、将来売れると良いね、と思って車のエンジンをかけた。

そうしたら、そうだ、今日は私も一日突っ込みたくなることがあるのだ、と思いだした。

私の車のナビは口を聞く。そして要所要所で、「ジャパニーズイングリッシュ」で、グッド・モーニング、とか、ハブ・ア・ナイス・ドライブとか言ったりする。私がプログラムしたのではない。初めからそうなっていたのだ。

それで、2月14日には必ず,これは日本語で「今日は、バレンタインデーです」と言う。

で、私はそれを聞くたびにものすごく突っ込みたくなる。

なぜだ。

それは、2月14日は父親の命日だからだ。

7年前のこの日、父が亡くなった。私は「バレンタインデーかい。」と思った。そして、父親の「今更もうどうでもいいだろう。」という声が聞こえたような気がした。

こういう日なので、「墓にチョコレートを供えるものだろうか」と毎年思うのだが、大正生まれの父親とチョコレートが結びつかないため、結局したことはない。

今日もいつも通り花と線香だけにした。

ひとしきりして住職にあいさつし、帰るときに「粗菓」という包みを手渡された。お菓子だ。お礼を言って車に帰り、なにかなあ、と思ってみたら箱に兎の絵が描いてあるチョコレートだった。

まさかバレンタインデーにあわせたわけではないだろう。

でも、またナビが「今日はバレンタインデーです」というので、今度は突っ込まずに、「はいはい、私ももらいましたよ、お寺さんから」と応えて家に向かった。
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これがそのチョコのパッケージ。

ちなみに三連休あんなに頑張ったのに、確定申告はまだ終わっていない。泣きたい。もう、夜家にこもってやるしかない。今週こそは夜に練習にいけると思ったのに・・・。

# by trineko710 | 2011-02-14 23:07 | 日常

雪やこんこ。

あられやこんこ。
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降っても降ってもまだ降りやまぬ。

猫はソファーで丸くなる。
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でも本当はやんだ。

はい現実逃避中。

# by trineko710 | 2011-02-11 22:51 |

カクテイシンコク

かたかなで書いたら少し気分が楽になるかと思ったが、ならなかった。

今年は果敢な、今までの私を知る人から見たら「想像を絶する」目標を立てた。

確定申告を、今週の三連休中に終わらせる。期日の1か月前だ。

税理士さんはびっくりして心臓まひを起こすのではないだろうか。

しかし、年間計画とともに、やらなければいけないことの計画を立てることの重要さを知った私は(今頃)、今年は逃げずにスケジュール帳をじっくりと見た。

そして、この週末を逃したら、では次にいつできるだろうかを検討したところなんと5月のゴールデンウィークだった。

それはまずいでしょ。また、巨大プロジェクトが生まれ、しかも、税務署に追われ、それに加えて、余計なお金がかかるでしょ。

なので、2月13日以前にブログが更新されるとしたら、次の内のどれかです。

① なんと頑張って13日前に終わったとき。
② 現実逃避するとき。

みなさん、応援してください。よろしくお願いします。
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床いっぱいに広がる領収書を見つめる隅男。お願いだからこの上に乗らないで。

11年2月9日の練習
家の周りを3キロジョギング(一人練)。時計を持たずに走ったので時間不明。多分23分~25分くらい。デブになったので走るのがツライ。

# by trineko710 | 2011-02-10 00:02 | 日常

野次馬

久しぶりにバイク練に行った。

何度も書くように極度の運動不足なので、今日も極めつけののんびりライドにしてください、とコーチにお願いした。

走り出したのは11時半過ぎ、途中コンビニでお昼を食べて2時には終了、というサイクリングメニュー。では、と走りだして多摩川に入ったら、じきに、行く手に黒煙が見えてきた。

コーチと、火事かなあ、と言いながら走っていたが、散歩、ジョギング、そして私たちのように自転車の練習をする人たちでサイクリングロードは混みあい、特に通行止めになっている様子もない。

ようやく近づいたら、やはり火事だということが分かった。たくさんの野次馬が見ている。上空にはヘリコプターも飛んでいた。

でも、川辺の原っぱで、住宅もなく、ほぼ無風、鎮火間近だったので、消防の人たちも「自転車に乗っている人は降りて引いてくださ~い。」と、穏やかだった。

私は良く考えたら、この年になるまで火事を見たことがなかった。そのため、仕事をする消防士さんを見たことも初めてだった。離れた土手に立っていると、火は「暖かい」ものだったが、近くに行ったら相当熱いだろう。煙も吸い込むだろうし、大変な仕事だな、と思った。
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不謹慎だなあ、ごめんなさい、と思いながら携帯で写真を撮った。

しばらくして、そろそろ自転車に乗っても大丈夫かな、というところで走りだした。

野次馬を見たのも初めてだった。そうか、ああいう人たちのことを野次馬というのか。たくさん人が集まるものだのだな、と思った。

しばらくして、自分も立派な野次馬だったことに気付いた。

11年2月6日(日)の練習:モンスターバイカーズのパーソナルレッスン リハビリライド。実走2時間で30キロくらい?曇ると寒かった。お日様の力は偉大だ。でも、楽しかった。

# by trineko710 | 2011-02-06 23:56 | トライアスロン

いかさん

ふぐを食べた。

福岡ではふくというらしい。「福」にかけているそうだ。もちろんたいそう幸せな気分になった。

疲れていたからホテルで食べようかと思ったら、2~3日前に予約をしなければいけないそうだ。そうなのか。フグと一緒に、職人さんも手配するのだろうか。急に言われても、用意できないんですよ、というところは私たちの業界と似ているかもしれない。

ということで、ホテルからタクシーで5分もしない日本料理屋に行った。そうしたら、おこぜやら関さばやらいかやら新鮮な刺身がたくさんあるようだったので、急きょふぐは最も小さいコースにして、いろいろと頼むことにした。

刺身を頼んだら「活き造りにしますか」と聞かれたので「お願いですから絶対に動かない魚を持ってきてください」と懇願した。偽善者なので、自分が今食べている魚はさっきまで泳いでいたのですよ~、ということを思い起こされるのがいやなのだ。
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いかがお勧め、というのでもちろん頼んだら大きな透き通るような刺身が来た。

こりこりしていて美味しい。なんだか大きな目が気になったが、「絶対に動かないようにして」と頼んだので大丈夫だろうと思い、付け合わせのレモンをかけたら10本の足がぴろぴろぴろ~、と動き、仰天した。

嘘つき。動かないのっていったのに。

それ以来、いかの哀愁漂う視線にいたたまれない思いを感じながら、そして、一刻も早く楽にしてあげたほうが良いのではないかと思いながら、その新鮮な切り身を堪能し、残りの部分はてんぷらにしてもらった。成仏しますように。

大好物の白子焼。
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ふぐのから揚げ。
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ふぐ刺しも予想にたがわず美味しかった。

そして、そうとうお腹もいっぱいになったところでふぐちりになる。でも、私はあまりふぐちりには興味はない。だから、もういらない、と思ったが、友人と、これは雑炊を食べるための儀式なのだと覚悟し、とにかく三人で必死になって食べ終えた。

努力の結果の雑炊。
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ふぐのコースを小さいものにしたので予算も予定を下回り、大満足をしてホテルに帰り、部屋のドアをあけた直後に意識を失い、朝を迎えた。

博多の美味しいもの。締めはラーメン。
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空港に向かう直前に食べた。有名店らしい。
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今回はもつ鍋を食べられず、残念だった。いつになるかわからないが、次回に期待しよう。

# by trineko710 | 2011-02-04 23:59 |

10ヶ月18日

しばらく気絶していた。

あっという間に2月になったからだ。

「年賀状を元旦に出し、年末にしっかりと掃除をしてさわやかな気持ちで新年を迎えたい」というささやかながら非常に大きなチャレンジとも言える夢を持っている私にとって、その二つをかなえるための目標設定日時である12月20日まで後10ヶ月と18日しかなくなってしまった。

その事実に圧倒された私は、だから、しばらく気を失っていた。

しかし、ずっと気絶している訳にもいかなかった。福岡に移動しなければいけなかったからだ。

去年の年末、一人の友人がこう聞いた。

「ねえ、東京に居る人に対して『こんなところやあんなところで、こんなにおいしいものを食べてます』という報告をして、楽しいの?」

私の性格の悪さを見抜く洞察力に感心しつつ、「あ、おいしい、ということが伝わっているんだ」と喜んだ私は、元気に「うん」と答えた。

なので、気絶から目覚めた私はハワイのことも書きたいけれど、とりあえず今は福岡からの「おいしいもの食べましたレポート」をしなければ、と思う。

地元の焼酎を飲んだ。お酒が大好きだが弱いので、いろいろ試すことができない。今日も一杯で十分酔っぱらった。
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オードブルのセット。左上にある鯛せんべいがさくさくとして、とてもおいしかった。
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ヒラメの刺身。紅葉おろしをいれたポン酢で食べる。えんがわ部分が特に美味だった。
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黒毛和牛の鉄板焼き、ちりめんじゃこごはんとあら汁。
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幸運にも仲のよい同僚との出張にも関わらず、業務の終わる時間が違ったため今日はホテルでの一人ご飯となった。おいしかったが、やはりこれでは皆様にご満足いただけないと思う。

明日こそ、友人とふぐを食べにいく予定だ。

われを忘れて写真を撮る前に全て食べ終わってしまわないように、責任感をもってレポートするよう努力しようと思う。

# by trineko710 | 2011-02-02 23:25 |

アジアチャンピオン

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感激です。

# by trineko710 | 2011-01-30 02:28 | 「楽しい」