これって楽しいことらしい


トライアスロンって楽しいよ、とトライアスリートに言われ真に受けた私。ホントカイ。真実を探る旅、開始!
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友好都市

震災の時、多くの人がそうだったように、私も気仙沼の火災の映像を見た。火は延々と燃え盛り、まるで消えるときがこないかのようだった。そして私はその様子を、黙ってじっと見ていた。

東北に親戚はいない。なのに、誰か、気仙沼に知っている人がいるような気がしてならなかった。名前も顔も浮かばない。なぜそう思ったのか。先週になり、ようやくその訳がわかった。

私の住む目黒区は、毎年秋にさんま祭りという催しを行う。新鮮なさんまがその場で焼かれ、たいそう美味しいと、大変なにぎわいらしい。残念ながら私はいつも仕事と重なり、一度も行けたことがない。でも、そのたびに、来年こそはと思っていた。

そのさんま祭りには二種類あるということだ。そして、私の住んでいる地域にさんまを提供してくれていたのが、気仙沼の方々だった。

去年はさんまが不漁だった。テレビのニュースで、気仙沼の漁師さんが「目黒との約束だから、なんとかして約束した数を届けないと」と言いながらさんまを用意をしている姿が映っていた。

そのことを思い出した翌日、区報が届き、区がトラック二台分の支援物資を震災から間をおかずに届けたとあった。

私にも何かできないだろうか、と思っていたら丁度回覧板の束が届いた。当番なので、束ねていた輪ゴムを外したら、「友好都市気仙沼へ送る義援金箱を設置します」というお知らせが入っていた。

台を出し、そのお知らせを一番上にして隣の家に持っていった。

そして、いつもは3週間くらいかけてのんびりと帰ってくる回覧板が、今回はわずか5日で手元に戻ってきた。

近所のみんなが急いで回覧板を回す姿が目に浮かんだ。
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今日の寝子。

by trineko710 | 2011-03-31 01:17 | Comments(0)

日常生活

言葉にならない。

震災から2週間以上たったのに、いまだに身体に力が入らない。

業務が大幅にキャンセルになり、原発問題の終息が見えない中、時間だけはたっぷりある。

あれも、これも、やる時間はある。なのに、なかなか集中できない。

わずかに残っているやる気を振り絞って、物を捨てようと頑張ってはいる。

でも、なかなかはかどらない。

大量に紙と本がある勉強部屋の片付けをしながら、ネットで保安院や東電の記者会見を見るようにしている。

自分なりに、現状を把握しようと努力している。そして、記者会見のたびに、まだ先行きが見えないことを確認する。

原発の問題も、何もかも、長丁場だな、と思いながら、少しうなだれて二階に行くと、猫が寝ている。

眠りこけている猫をなでる。なでても、目を覚ましもせず熟睡をしている。

猫は日常生活に戻ったようだ。

それには、ほっとしている。
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日向ぼっこ牛。

by trineko710 | 2011-03-28 23:57 | | Comments(0)

ヨーグルト

大体毎朝ヨーグルトを食べる。

いつもぎりぎりまで寝ているので、バナナのようにすぐ剥ける果物とプルーンとナッツ、その上にヨーグルトをかけて朝食にする。

そして、その支度をしていると、必ずうりがやってくる。最近では太郎と隅男も来るようになっていた。

なぜかプレーンヨーグルトが好きなのだ。どうやら猫の中にはそういう子がいるらしい。

とくに、うりは好みがあり、あるメーカーのヨーグルトしか食べない。時々買い損ねて他のメーカーのものにすると、皿をのぞき込み、においをかいで、その後で私の顔をじーっと見る。そして、もう一度皿を見つめて、食べずに立ち去る。

ところが、毎日食べていたのにもかかわらず、震災の後、しばらく食べなかった。

まず、なぜかいつも食べているものではなく、普段はあまり食べないものが食べたくなったからだ。それらは大量のパンであったり、ジャンクフードだったり、出来合いの総菜だったりした。

そして、気がついたら、うりの好きなメーカーの物だけでなく、スーパーのヨーグルトの棚は空っぽになっていた。

先日いつも食べているメーカーのヨーグルトをたまたま見つけた。その時、自分がヨーグルトを毎朝食べていたことを思い出した。小さいサイズしかなかったが、手に取った。

少し気持ちが落ち着いてきたのだろうか。今朝、食べたくなった。

いつも通りうりと隅男が来たので、分けて食べた。貴重なヨーグルトだけど、猫の食べる量など、たかがしれている。小さじ三分の一、親指の爪ほどしか食べない。

二匹が嬉しそうに音を立てて食べている横で、ああそうだったのか、とようやく気付いた。

ヨーグルトの棚が空だったのは、買い占めではないのだ。確か、私が食べているメーカーは岩手に牧場を持っていた。震災の影響だったのだ。

そんなことにも気付かなかった自分の鈍さに呆れていたら、久しぶりに食べたからだろうか、うりと隅男がもっと欲しそうな顔をしてこちらを向いた。

しばらく食べられないかもしれないから・・・と思いながら、ふんぱつしておまけをやった。

そして、早くヨーグルトが棚を埋め尽くす日がきますように、と祈りながら、一人と二匹でしみじみと食べた。
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ようやく太郎がいなくても箱に入るようになった隅男。

by trineko710 | 2011-03-25 02:13 | | Comments(0)

自問自答

白状することがある。

地震当日、自宅近くで仕事だったため、まだ明るいうちに家に帰ることができた。友人が一緒で、お家に具合の悪いワンちゃんがいるというので、車で送ることにした。

その前に一瞬自宅に寄ったときに、津波の映像を見た。言葉を失った。

友人の家まで、往復20キロ強。彼女の家に近づくほどに渋滞がひどくなってきたので、後1キロほどのところで降ろし、帰路についた。その間ずっとラジオをつけており、想像を超える事態になっていることを感じた。そして、何が起きるかわからないから、ガソリンを満タンにしておくことにした。その時はガソリンスタンドはガラガラだった。

これは買い占めだったんだろうか。

外国人が早々と日本を引き上げていることを知り、地震のあった週末には、すでに業務の大幅なキャンセルを予測した。事実そうなった。そうこうするうちに、近隣の店からトイレットペーパーが消えた。

地震から一週間後、ネットショップから、トイレットペーパーが入荷しましたというメールが来た。

今後しばらく家にいる時間が大幅に増えることと、日ごろ買い置きをしないので実際に足りなくなることが予想できたので、注文することにした。

ホームページを開いてみると、ほとんどが売り切れで、ようやく見つかったのは1パック12ロールのものだけだった。貴重なガソリンを使ってわざわざ配達してもらうのに、少しでは申し訳ないような気がして、悩んだ末、2パック買った。

これは、買い占めなんだろうか。

今日、テレビを見ていたら水道水についての都庁の発表があった。

家には乳児はいないが、乳児サイズの猫がいる。どうするべきなのだろう。さんざん悩んだ挙句、今まで通り水道水を与えることにした。

大人には影響がないということで、自分のご飯もいつも通り水道水で炊いた。

でも。この先のことを考えた。万一、ミネラルウォーターが必要になったら。家には買い置きは少ししかない。猫に水をやらないわけはいかない。

咄嗟に、発表があった直後にネットショップで水を発注した。大きなサイズは全て売り切れだったので、200ミリと500ミリをそれぞれ1箱ずつ注文した。

これも、買い占めだろうか。

それとも、備えているだけだろうか。

私には、わからない。

夜になって近くのスーパーに行った。

いつも買うヘルシアがあった。いつも一度に3本買うので、いつも通り、そうした。

そうしたら、レジで「お水はおひとり様2本でお願いします」と言われた。

そうか。これは明らかに買い占めだったのか。どこかに書いてあったのだろうが、気付かなかった。

でも、これから、人に言われない場面で、何回、答えを出さなければいけないのだろうか。

瞬時に決めなければいけない場面が何回来るのだろうか。

自分勝手なのか。危機管理なのか。

答えがでないまま、自問自答をしている。

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地震後ようやく熟睡するようになった夏子。

by trineko710 | 2011-03-24 01:18 | Comments(2)

本音

うりです。

この前の地震があった日、お母さんは留守でした。

家の中がものすごく揺れて、本当に怖かったです。

でも、牛はさすがでした。

お母さんが家に駆け込んできたとき、のんびりとソファーに座って、「ん?」って言ったそうです。

その後も、余震というものがあっても、牛はびくともしません。相変わらず、小さな箱に入って、ぐうぐう寝ています。大物です。お母さんは、何かあったときに牛が箱にはまって動けないんじゃないかと言っています。

夏子が一番怖がりました。ずーっと出てこないので、お母さんは心配していました。

あまりにも出てこないので、お母さんはクロゼットやらなにやらから物をわさわさと出して、探し出しました。

だから、実は部屋の中は、地震直後よりもさらにひどい状態になったんです。でも、これはここだけの話にしてください。

お母さんは最近ずっと家にいます。どうしたのかな?僕たちの世界には「ニュース」も「新聞」もないから、良くわかりません。ただ、しばらく、しょっちゅう家が揺れたので、やっぱり怖かったです。でも、だんだんそれにも慣れてきました。

お母さんの友達も、家にいるそうです。ワンコという種類の家族は、それをとても喜んでいるそうです。

僕たちも、「お母さんが家にいて、嬉しいでしょ?安心でしょ?」と聞かれました。

でも、僕たち猫は、感情を表に出さないのがうりなので、いつも通りに寝ています。

そうすると、いつも通りがいいんだよね、とお母さんが言いました。

でも、本当は嬉しいんです。

、と、言いなさい、ってお母さんに言われたので、言ってみました。
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チャームポイントのピンクの耳とピンクの肉球。

by trineko710 | 2011-03-21 23:26 | | Comments(0)

福島

去年福島に行った。

このブログでも書いたけれど、トライアスロンの大会だった。猪苗代湖から会津にかけての大会だった。

試合後に、山の上にある北欧風の静かなホテルに友人と泊まった。こじんまりとしたきれいなホテルで、夕食は地元でとれた食材でフランス料理、しかもワインなどのアルコールは飲み放題だった。

ロビーには福島で取れた牛乳で作った飲むヨーグルトが冷やして置いてあり、たいそう美味しかった。

このホテルのことが気になり、ホームページにアクセスしてみた。3月14日付の最後の更新で、しばらく休業します、とあった。

スタッフの方は全員無事だった。でも、国道が陥没してしまったそうだ。

休業の連絡の前に、「3月中旬は福寿草の季節です」というメッセージと、黄色いきれいな花が一面に咲いている写真があった。

もう、福寿草は咲いただろうか。

あの、小さなホテルは、いつか再開するのだろうか。

原発の問題が終息し、復興が始まり、ホテルが再開したら、また行ってみたい。

その日が来ることを祈っている。
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by trineko710 | 2011-03-19 23:17 | | Comments(2)

プリントゴッコ

父と母はきっかり半年の差で亡くなった。父は病気が分かってから1年未満、母も2年足らずの闘病生活だった。

亡くなった当時父親は84歳、母も76歳と高齢だったので、家から旅立ちたいという親の遺志と、ご近所の方にも良いだろう、ということで、今では珍しくなったが、自宅で葬儀をした。

しかしそうなると、家の中を片づけなければならない。すると母は、父が亡くなった直後に、ものすごい勢いで父の身の回りの物を捨て出した。

私と二人の姉は、正直その様子に唖然とした。情が無いんじゃないか??と疑ったりもした。

しかし、後から分かった。時間がたつと、捨てられなくなる。子供たちだけだと、捨てられなくなる。妻だった母が、混乱の中で潔く決断してくれたから、私たち子供は後から悩まずに済んだのだ、と。

その後に亡くなった母は、死期を悟っていた。何せ、「8月14日ごろに死ぬと思うわよ」とぽつりと言って、その通りになったのだから。

そして、まだ体力が残っているうちに、娘三人と形見分けをした。洋服や、着物や、これはどうする?と整理し、姉がもらったり、捨てたりと、本人が指示し、整理した。

だからやっぱり、母が亡くなってから、捨てられずに困るものはほとんどなかった。

ところが、この前の地震で、クロゼットから飛び出してきたものがある。大きなプリントゴッコだ。

私は親孝行などほとんどしたことがなく、いつまでたっても末っ子根性が抜けず、親にも姉にも甘えてばかりだった。しかし、そんな私が年に一度、両親に頼まれてしていたことがあった。それが年賀状作りだった。

亡くなった父は几帳面で、年賀状は毎年必ず元旦に配達されるように出していた。だから、私の年賀状作りが遅れると、いつもひやひやしていた。それでもぎりぎりまで我慢し、わたしもぎりぎりまで引き延ばし、そして12月も半ばを過ぎたころ、ようやく父親の分と、母親の分の年賀状をプリントゴッコで刷り、年に一度の親孝行らしきことをしていた。

・・・しかし、情けないことに、親にとっての最後の年賀状は、私が間に合わず、姉が作ったが。

なんにせよ、プリントゴッコは、私にとっての思い出の品になった。そして、私の持ち物だったので、母が捨てることもなく、私の手元に残った。

もう、使うことはない。しかも、両親が亡くなって間もなく、メーカーはプリントゴッコ本体などの製造を中止している。そして、多色刷りをしていたので、2種類もある。場所を取るし、地震で棚から落ちてくる。

でも、捨てられなかった。今までは。

いよいよ、これを捨てる時が来たのだな、と自分に言い聞かせている。

ごみになってしまうのは、何とも言えない気持がするけれど。でも、家の中を物にあふれた危険な場所にしないために、こういうものを捨てることから始めなければいけないのだな、と思う。

きっとプリントゴッコはそれを私に伝えるために、棚の奥から落ちてきたに違いない。
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隅男。太郎が死んでから、ほとんどの時間を三階のケージの中で過ごしている。ものすごく寂しいに違いない。でも、そのおかげで地震の時はしっかりケージに護られていた。これは地震の翌日、久しぶりに二階に降りて来た時の写真。

今回の大震災で、ご家族とお別れを言う時間もなく大切な方を亡くし、御遺品をがれきの中から探さなければいけない被災者とご遺族の方に心からお見舞いを申し上げるとともに、犠牲者の方のご冥福をお祈り致します。

また、今でも現地で危険を顧みず各種業務に従事してくださっている方々を心から尊敬いたします。

by trineko710 | 2011-03-17 00:06 | 片づけ | Comments(4)

地震直後

ようやく確定申告が終わった。

明日が締め切りで、太郎のことや突然の地震を良く理解してくださった優しい税理士さんは、辛抱強く待ってくれた。

やっと終わったので、記憶が新しいうちに、恥をしのんで、地震直後に我が家がどんな状態だったかをお見せしようと思う。

まず、家自体の説明をすると、我が家は極小住宅の、三階建のペンシルハウス。長方形で南北の辺が長い。

地盤が弱いのか、衝撃を吸収するつくりなのか、とにかく良く揺れる。ちなみに2004年完成なので、築6年。

家の中には大きな家具はそんなにない。木でできている家具は仏壇、食器棚、本棚、ローチェストのみ。

部屋は整理整頓からは程遠く、紙と本が多すぎる。特に、確定申告中だったので、領収書を紙に張った束を箱に入れて床に積んであった。

さて、当日家に入ると、まず玄関の小窓においてあった折り畳み傘等が落ちているので嫌な予感がする。

そして、二階に上がると、まず目に入ったのがこれ。
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陶器にローズクオーツを入れて出窓に置いておいたが、もちろん落下。ところが、なぜか陶器は無傷だった。

二階のソファーには牛が悠然と座っている・・・。にゃんは少しおびえたような感じでテーブルの下にいる。うりが階段からおそるおそるのぞいている。

隅男と夏子を探しに、三階へ。

三階の廊下に積んでおいた靴の空箱(なんで置いておいたのか意味不明)は全て二階に転げ落ちている。

いつも三階のドアはストッパーをかけて、開けっ放しにしているのにドアが閉まっている。嫌な予感がしてドアを開ける。

まっさきに隅男を確認すると、三階建のケージの一番上に居て、無事。

そして、これが寝室の状態。(あまりにもむき出しだったので、ちょっと風合いを変えてあります)。
東西に大きく、長い揺れが起き、チェストの引き出しが何回も開いたり閉ったりしたことによって、本体が引っ張られて倒れたのではないかと思う。猫のトイレのカバーも取れ、チェストの上に置いておいたラジカセも、アルバムも、陶器も、全て散乱し、割れていた。
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それに加え、作りつけのクロゼットの中に入っていた唯一の重いもの、使っていないガスストーブが、クロゼットのドアをこじ開けて出てきていた。

そして、こちらが書斎の惨状。誓って言うが、ここは、朝、少なくとも床は見えていた。
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本棚に積んでおいた使っていないパソコンは、もちろん全て落下、本も、書類も、積んでおいた箱も、何もかも落下。机の横の棚においてあったテレビも小物入れも、何もかも。目も当てられない。かろうじてプリンタ―やデスクトップパソコンは位置がずれていただけで済んだ。

そして、壁を見ると、何とスイッチのカバーが取れ、土台にひびが入っていた。
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これが、こわれていない正常な状態。
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なぜカバーが取れたのか。おそらく、壁に立てかけてあった本棚が左右に何度も揺れ、スイッチに何度も当たることによって壊れたのだろう。

二階。テーブルに置いておいたものが散乱したことはさておき、食器棚の幅の広いほうは大丈夫だったが、その半分のサイズのものは、30センチほど前に出てきていた。中ではクリスタルのグラスだけ割れていた。
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これが、壊れたもの。
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こんな状態だったので、本当に夏子が怪我をしたのではないかと心配したが、15時間後にようやく出てきた。

地震の時、私は高層ビルの7階にいた。机の下にもぐりながら、こんな揺れはいまだかつて経験がしたことがない、と尋常でないものを感じた。私の家も相当に揺れただろう。よっぽど恐ろしかったに違いない。

そして、今でも余震が来ると身の縮む思いがする。東京に住んでいる私ですらこんな気持ちになっているのだ。東北の被災者の方の恐怖を思うと言葉がない。

この写真を公開することによって、「こういう部屋にしてはいけない」、と少しでもみなさまのお役に立てたら、と思う一方、これを教訓に、本当に家の中をすっきりさせようと誓う。

今週後半の会議が中止になったので、片付けよう。手遅れにならないうちに。

by trineko710 | 2011-03-14 23:09 | 片づけ | Comments(2)

夏子

夏子出てきました。良かった・・・・。

太郎が連れて行ってしまったかと思いました。一体どこにいたんだろう・・・。

余震が続くので怖いです。昨日は心配でほとんど寝ていなかったので、これから少し寝ます。

皆さんも、本当にお気をつけて・・・。心配して連絡してくださった方々、ありがとうございました。

by trineko710 | 2011-03-12 07:40 | | Comments(4)

皆さん無事ですか。

ご心配おかけしています。
私は無事です。家から近い現場での仕事だったため、夕方には帰宅できました。

家の中は悲惨な状態です。三階の背の低いチェストが倒れ、本棚が30センチ移動し、もちろん本は雪崩状態をを起こしています。

二階の食器棚も30センチ動き、中で薄いグラスが割れています。冷蔵庫も、あけたとたん中身が出てきました。

日頃家の中を片付けていなかったことが被害を大きくしており、余震が続くので怖いです。でも、家に帰ることができただけで幸運と思わなければいけません。

猫の夏子だけが姿が見えません。怖がってどこかに隠れているだけなら良いのですが。何かの下敷きになっていたらと思うと心配です。

皆様もどうぞご無事でいらっしゃいますように。都心に居ます。何かできることがあったら言ってください。ただ、通信状態が悪いのが歯がゆいですが....。

by trineko710 | 2011-03-11 23:48 | Comments(2)