これって楽しいことらしい


トライアスロンって楽しいよ、とトライアスリートに言われ真に受けた私。ホントカイ。真実を探る旅、開始!
by trineko710
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アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(ラン・最後の走者編)

注意:長文です。本当に長文です。何回かに分けようかと思いましたが、一気に載せました。お時間のある時にお読みいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。

バイクをラックにかけ、ヘルメットを外し、手袋を外す。コンプレッションタイツの上から履いていたバイクパンツを脱ぎ、ランシューズを履き、サンバイザーをつけ、VESPAを飲んで出発した。

トイレが離れたところにあった。1分でも1秒でも惜しかったし、大量に汗をかいていたので、思い切って行かずにランに出た。こんなことは初めてだった。

トランジションエリアの出口に一つ目の給水所がある。時間が気になったが、身体を冷やさなければと思いスポーツドリンクを飲み、ボランティアの人に首筋に水をかけてもらい、スポンジを受け取って走り出した。1時3分くらいになっていた。

走り出してからガーミンをオンにするのを忘れたことに気付く。セットしてもなかなか作動しない。ひとつひとつのことがもどかしい。ようやく動き出した。

しばらくバイクコースと並行した歩道を走る。

暑い。とにかく暑い。またゆでだこだ。

いつものように、ぺたぺたぺたぺたと走る。ひたすら、歩いているかのように、走る。

折り返してしばらく経つと、たくさんの選手が見えてきた。コースが複雑すぎて、反対側を走っている選手が何キロ地点にいるのか皆目見当がつかない。それでも、賑わっているコースを走るのはなんとなく安心する。

しばらくしてからラップを確認する。

キロ8分36秒。

愕然とする。

今までの51.5キロでは、ランのラップはどんなに暑くても、どんなに遅くても、7分30秒台だった。

これが、40キロと90キロのバイクの違いか・・・。

先行きが心から不安になる。

一度だけ、キロ8分30秒台で21キロの練習をしたことがある。その時は2時間54分弱かかった。本当に、ぎりぎりだ、と思った。

キロ表示ごとにラップを確認する。そして、あるとき、更に遅くなっていることに気付く。キロ8分50秒台になったときに、普通の時計表示に切り替えた。ここまできたら、あとどのくらい時間が残っているかのほうが大事だった。

5キロ地点まで来たとき、対面では歩いている選手が少しずつ増えてきた。ちょっとうらやましかった。私は歩いたら、時間に間に合わない。だから、走るしかなかった。

広い公園内の道路をコーンでいくつもに区分けし、行ったり来たりする。折り返しが来ても、それで半分済んだ、ということでもない。複雑極まるコースだったが、ボランティアの指示がしっかりしていたので、間違えることはなかった。

だんだんすれ違う選手の数が減り、ランコース内も寂しくなってきた。

10キロ地点で時計を見る。2時24分。11キロでは2時33分。

キロ9分。

12キロ地点でも、速くなることはなく、2時42分だった。

合計21キロ。このままキロ9分だったら、どうなるのか計算した。

えーっと。21キロから12キロを引くと・・・9キロ。相当時間がかかって答えが出る。それで、9かける9は、っと。九九ができない。うーんっと、はちじゅういち??

心配だったので検算した。9かける10で90だから、そこから9を引くと、ああ、81だ。あってる、あってる。

さらに、2時42分に81分を足すという高度な計算をしなければいけない。

えーっと。81分は1時間21分だから、2時42分に1時間21分を足すと・・・4時3分。

出た答えは「間に合わない」。

12キロを過ぎたところで、完走が本当に厳しくなってきた。

13キロくらいのところで、私より若い女性選手が歩いていた。通り過ぎる時に「まだずいぶんありますねえ・・・。」と彼女は言った。「そうですね・・・。頑張りましょう。」と返事をしたら、おもむろに走り出した。

100メートルくらい伴走しただろうか。ふっと気配がなくなった。後ろから「頑張ってください。」という声が聞こえた。

その後に、かなり軽快な走りの女性が私を抜いて行った。レースナンバーを見ると、私よりもエイジグループが一つ上だった。「まだ、間に合うわよね。頑張りましょう!」と声をかけてくれた。「大丈夫ですよ!頑張ってください!」と言いながら、私はこれ以上速く走れないけれど、と彼女の力強い走りを見て思った。

時間がないのは分かっていたけれど、全ての給水所で停止した。コーラを飲み、スポーツドリンクも水も飲み、身体に水をかけ、スポンジを交換した。ボランティアの人たちが、その都度励ましてくれた。

橋のカットオフって何時だっけ?と思った。

この大会では、中部空港へ渡る自動車専用の橋を渡って空港内の臨時駐車場のゴールまで行くため、橋を渡る手前が最終関門になっている。

4時13分だっけ。12分だっけ。いずれにしても、橋を渡ってからキロ8分で走らなければいけない計算だったことだけは覚えている。試合前から、そこまでぎりぎりになったら、キロ8分で走りきれる自信はなかった。

自転車に乗ったマーシャルが現れた。「後10分で、約1.5キロ。間に合いますか?」と聞かれた。「10分で1.5キロでは無理です。」と答えた。

「ああ、無理だ、これでおしまいか」と本気で思った。でも、もう少し時間があったような気もした。

なぜか止まらずに走り続けた。

それでも、トランジションエリアから、仲間に、コーチに、メールを送っている姿が目に浮かんだ。「橋でカットオフになりました!」

ブログでも報告しなきゃ。みんな、励まし、慰めてくれるだろうけど、残念だなあ。良い報告がしたかった。

朋子姐さん。完走しなかったら、恰好悪いから、書かないほうが良いかなあ。

あ、とこにゃん。完走できなくても、とこにゃんのせいじゃないからね。

そんなことを考えながら走っていたら、年配のボランティアの女性が、私を見て「偉いわねえ・・・。最後まであきらめなくて。眩しいわね。」と言っているのが聞こえた。

特に固い決心があるわけではなかった。実は、駄目だと確信していたけれどなぜかそのまま走った。よくわからない気持ちだった。自分から辞めることないかな、はい、ここまででストップ、といわれたら、やめればいいんだから、という心境だった。

自分がいったいどこに居るのか、どこに向かっているのかもわからぬまま進んでいたら、右手に坂が現れ、そこを先ほどの女性が上がっていくのが見えた。

ここが橋か。ああ、彼女、渡れたんだ。良かった、と思った。

いよいよ橋のふもとに来た時、ボランティアの女性が「あと1分・・・いや、2分!」と言った。それと同時に、先ほどのマーシャルが現れた。

「カットオフですか?」と大きな声で聞いた。止まる準備をした。

「行けますか?」と聞かれた。

思いがけない問いかけに、びっくりした。

「はい・・・。」と答えると、「ここまで来たのだから、ゴールしたいでしょ。」と言ってくれた。

「はい・・・。でも、4時過ぎちゃいます。」と答えると、「大丈夫ですよ。もう少し速く走れば。」と言われた。

「これ以上、速く走れない・・・。」と言ったら「じゃあ、ここだけ少し速く走って。」と促され、橋のチェックポイントに着いた。給水所で水分を補給していたら、おそらく医師だろう男性が、マーシャルに「大丈夫ですか。」と尋ねた。マーシャルは、「はい、この選手を、橋を渡る最終走者とします。」と答え、本部に連絡した。

新しいスポンジをもって橋を渡る直前、係員の男性から「絶対にゴールしてくださいね。」と声をかけられた。

「はい。」と答えて、橋に入った。

4時12分のカットオフを少し過ぎてしまったのだろうか。数秒か。数十秒か。水を飲んでいるうちに過ぎたか、それは分からない。

でも、絶対にゴールして、恩返しするんだ、と心に決めた。

橋を渡りながら「遂に最終走者になったか。」と思った。いつか、どこかの大会でなるとは思っていた。ハーフとはいえ、アイアンマンでなるなら、本望だった。

橋は思ったよりも走りやすかった。時間のせいか、橋の側壁が日かげをつくっていた。

橋に立つ警備員の方が、後少しですよ、と声をかけてくれる。

遠くに人影が見えた。先ほどの女性選手だ。影が少しずつ大きくなる。歩いたり、走ったりしているようだった。

橋を走り終えた。降りたら、前を行っていた女性選手と、先ほどとは別のマーシャルが居た。そのマーシャルは、私の顔を見て「大丈夫ですか?リタイアしませんか?無理してほしくないんですよ。本当に大丈夫ですか?」と聞いた。

ここでリタイアするわけないじゃないか、と憤慨しながら「大丈夫です!橋を、渡らせてくれたんです!絶対にゴールするって約束したんです!」というようなことをものすごい剣幕の早口でまくしたてた。

おそらく何を言っているのか、さっぱりわからなかっただろう。でも、元気なことはわかったらしく「リタイアしないと言っています」と本部に連絡していた。

もう一人の女性は何も答えなかった。でも、一緒に走り出した。

走り出してしばらくしたら「私ね、さっき、もうやめようって思ったのよ・・・。でも、間に合うかもしれないわね。」とぽつりと言った。

「そうですよ・・・。間に合わなくても、ゴールさせてくれるかもしれないし・・・。」と答えた。この時は、本当にそう思った。間に合わず、記録に残らなくてもゴールだけくぐらせてくれたら・・・、それが望みだった。3時28分になっていた。

ほどなくして、彼女が止まるのが分かった。振り向くと辛くなるから、そのまま走り続けた。

18キロ表示を過ぎたころ、自転車に乗ったマーシャルが来た。初めての人だった。無線で「今、最終走者のところです。○○○○番の選手はリタイアしました。」と報告していた。先ほどの女性選手だった。彼女の気持ちを想像した。

このころから、沿道のボランティアの人たちの応援が力強くなってきた。

最後の給水所の前で、マーシャルが「本当に大丈夫ですか?」と聞いた。「はい、私、単に遅いだけで、元気ですから。」と答えた。いつも通り、コーラとスポーツドリンクを飲み、最後のスポンジを握って走り出した。ボランティアの人たちが盛大な応援で送りだしてくれた。

東横インの駐車場を通りがかった。「おーい、おーい」と、私のあだ名を呼ぶ声がした。これから東京に帰る仲間かな。手を振ってこたえた。

私の泊まったホテルの駐車場でも、「もう少しだ、もう少しだ!」とそこにいる人が応援してくれた。

もう一人マーシャルが来た。しばらく二人のマーシャルに囲まれて走っていたら、かすかに人影が見えてきた。

「選手かもしれないので、行ってきます」と一人がそちらに向かった。

100メートルほど走ったら、その選手のところに着いた。その背の高い男性は、汗だくになりながら、私のほうを見、にっこり笑って「頑張ってください。」と、傍らにいた奥さんらしき人が「まだ、間に合いますよ。」と言ってくれた。

「頑張ります。」と応えた。ここまで来たのに。どんなに残念だろう。それでも応援してくれる気持ちがありがたかった。

ようやくあと2キロになった。

「あそこに、タンクがあるでしょう。あの横がゴールですよ。もう、ゴールが見えてきましたよ。」とマーシャルが穏やかな口調で言った。

私は、まだまだあるなあ、と思った。

とぼとぼと、それでも走り続けた。時折時計を見た。いつの間にか、絶対に間に合わない、から、間に合えば良いなあ、に変わっていた。

マーシャルが私の通過点を要所要所で報告していた。

あれが20キロ表示かな、と思ったときにこう言った。

「今、ゴールを開けておいて良いという許可が出ました。ゴールは待っていてくれますよ。」

そうか。ゴールはくぐらせてくれるんだ。良かった。心からほっとした。でも、間に合いたい。間に合ったらどんなに嬉しいだろう、と思って時計を見た。

「後1キロちょっとで、11分です。間に合いますよ。」とマーシャルが言った。

ゴールは駐車場の中にあり、駐車場に入るためのゲートがある。

ゲートに着いた。

ここがそうか。でも、実感がわかなかった。

「あそこにある緑のフェンスのところが最終ランで、最後に右に曲がったら、フィニッシュゲートがありますよ。」

「長いですね・・・。」と言った。

「長くないですよ。すぐですよ。」とマーシャルが答えた。

遠くで「最後の走者の入場です!盛大な応援をお願いします!」というDJの声がかすかに聞こえた。

「ほら、みんな応援してくれていますよ。」マーシャルが言った。

どこかから、私の名前を呼ぶ声がした。周りには観客は誰もいない。誰だろう、と思ってきょろきょろした。後ろを通る車からだった。走りながら後ろを振り向いて、大きく手を振っていたら「ほらほら、ちゃんと前向いて。」と諭された。

ゲートを入った道から右に曲がって、ようやく緑のフェンスに囲まれたフィニッシュロードに入った。

誰かが私の名前を呼んでいる。

サニーフィッシュのコーチだった。このコーチには、バイクのプライベートレッスンも時々お願いしている。つまり、私のへっぽこぶりをこの世でもっともよく知るコーチの一人だ。

まだ何も知らないころ「常滑のハーフアイアンマンに出たいんですよね~」と呑気に話したら唖然としていたコーチが、私を見て「よく走りきりましたね。」と笑顔で言ってくれた。

「こんなに遅くなっちゃいました。」と答えながら、ああ、ゴールまでこれて、本当に良かったとしみじみ思った。

そのあと少しして、一人の女性が「後1分」と言った。

え、と思ってマーシャルを見た。

「そうですね。後1分ですね。もう少し頑張って、そこの右を曲がれば、もうゴールです。みんな待ってますよ。」

私はその言葉に返事をしただろうか。そこからは、良く覚えていない。ただただ、猛然とダッシュをした。

最終の右コーナーを曲がったら、大きな大きなフィニッシュゲートが見えた。デジタルの時計は、8時間29分28秒を指していた。後32秒。周りの歓声と、カウントダウンが、近くで聞こえるような遠くで聞こえるような不思議な感覚の中で、ゴールに突進した。

ゴールテープを切ったとき、後ろの時計は見なかった。見なくても、みんなの笑顔で、間に合ったことがわかった。
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by trineko710 | 2010-09-29 00:08 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(バイク・真剣な面持ち編)

大会の前日にとこにゃんまで案内してくれた女性は「常滑は坂が多くて大変でしょう」と言っていた。

大会後、岐阜県出身の仕事関係者が「知多半島は海から急にせりあがるような坂があるんですよね。」と言った。

つまり、地元の人には、このコースは必然的にアップダウンが多いということは推して知るべしだったのだ。それだけでなく、とてもとてもテクニカルなコースだった。

バイクコースの始めの6キロほどは護岸道と漁港の中を走る。ここが試走でどうしても道がわからなかったところだ。

走ってみたら、意外に走りやすい部分と、ぎょっとするような部分があった。

特にぎょっとしたのは漁港の中。直線から90度曲がったところが、いきなり数メートルの短い急坂になっており、路面はすべりどめのためか、わざとでこぼこが付いている。

今年の始め、初めてバイクの路上練習に行ったとき、良く似た場所で見事に落車したことが頭をよぎった。

覚悟を決めて止まらずに走ったら転ばずに登ることができ、私も少しは成長したか、と感慨深かった。が、そのあと小さな坂を下ったところに段差があり、フレームに取り付けたバイクボトルが落ちた。「・・・買ったばかりだったのに・・・。昨日練習したのに・・・。」と悲しかった。

沿道では思いのほか応援が多く、ありがたかった。特に「『お姉さん』頑張って~。」「『お姉さん』格好いいよ~」と声援を寄せてくれた「お兄さん」たち。ありがとう!

さて、14キロくらい走っただろうか。そこまでの平均速度は24.9キロ。まずまず順調だとほっとするが、そこからが長いアップダウンの連続になる。

最初の坂を登った時に、試走よりきつく感じた。試走した時よりも暑かったのと、やはりスイムの後だからだろう。でも、下りがあるからそれで挽回できると思っていた。

が、下りになると、降り切ったところにカーブがある場面が非常に多い。直角カーブも数多くある。繰り返すが私はへっぽこなので、こういう場面では曲がる前にかなりの減速をしなければ危なくて仕方ない。そのため、下りでスピードを出しきれない。

これは前途多難だなあ、と思った。

給水のピットが一か所にあり、2周回のコースなので、大体40キロと75キロ地点に当たる。40キロ地点ではしっかり止まり、水を補給した。落としてしまったボトルを使ってドリンクをミックスしようと思っていたので、蓋なしのペットボトルではうまく混ざらず、難儀する。

アップダウン2周目に入る前に平均時速が22.9キロまで落ちた。23キロ切っちゃったなあ、でも、まあ仕方ないかな。と思ったとたんに、まてよ、と気づいた。

24.9キロから22.9キロまで落ちたということは、この次の周回ではまた2キロ落ち、結局平均時速20キロ台になってしまうのではないか。

スイムとトランジットでおそらく50分くらいかかっているので、バイクのカットオフまで4時間30分。時速20キロでも間に合うとしても、これではランがきっと走りきれない。

この瞬間から、制限時間まであと何分、とひたすら計算し続ける長い長い旅路が始まった。

思った通り、次の周回では順調にアベレージが落ち、一周目より登りがはるかにきつくなり、周りを行く選手は減り続け、そして暑くなった。

汗が滴り落ちてくる。

本当に暑い日だった。熱中症になった選手もかなりいた。救急車も二台見た。

75キロ地点に着いたとき、二度目のピットインストップをしようかどうか真剣に悩んだが、まだドリンクが十分あったので、パスすることにした。本当は水をかぶりたかったけれど、どうしても1時までにはランに出たかった。そうすれば、ランで3時間ある。

残り14キロはずっと時計のデジタル表示を睨み続け、ようやくバイクフィニッシュしたのは12時58分だった。

大会後に、「バイクで二回すれ違ったんだけど、ものすごく真剣な顔をしてたよ。」とチームメートが言っていた。

そう。だって、身体を動かしながら、ずっと計算してたから。コワいほど真剣だった。

初めて試合で90キロ走った後、左のクリートを外し、右を外そうと思ったとたんバランスを崩し、久しぶりに立ちゴケした。
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こんな住宅地も走る。
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ここは一般道に出たところ。

by trineko710 | 2010-09-28 00:43 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(スイム・はったりはなしよ編)

先週金曜から名古屋出張でした。

昨日は、一週間前とは打って変わってさわやかな気候。今日は曇りで、これだけ涼しければレースがどんなに楽だったろうと思わずにはいられませんでした。

もうずいぶん昔のように感じつつありますが、それでも大切な経験をしたので、レースレポートを続けます。「長い」レポートを読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(スイム・はったりはなしよ編)

このブログにも書いたが、レース1週間前に水温によってはウェット着用禁止と発表になった。ただ、世界選手権や表彰を狙わない選手は着てもよい。だから、私は当然着ても一向に構わない。というよりも、普通、着るだろう。

しかし、私には昔から、自分でも理解不能な、極めて不可解な正義感が時折頭をもたげることがある。

とにかく発表が急だった。私は三種目の中ではスイムが一番まともだ。でも、じゃあ、スイムがとびきり速いかと言うとそうではないが。でも、ランが得意でスイムが一番苦手な選手が水着で泳ぐとしたら、、私も水着で泳がなきゃ申し訳ないんじゃないか、という今考えても不思議な理屈で、水着で泳ぐことにした。

しかし、そうすると周りの選手は、私が世界選手権を狙うレベルの選手だと誤解をするだろう。その視線に耐えられるだろうか。

「いえ~、水着で泳がなきゃ悪いような気がして、でも、きっとこの大会で一番のへっぽこなんですよ~。」といちいち説明するわけにもいかない。説明しても理解してもらえないだろう。

そこで決めた。

ここは、はったりでいこう。

私を知る人は「なんで水着着てるの?」と思うだろう。でも、そのほかの1000人近い選手は私を知らない。

だから、強気で浜辺に立てばよいのだ。真実が明らかになるのは8時間も後だ。

そうだ、そしたら、トライアスロン会場では見たことがないけど、競泳選手みたいにスタート前に、腕や腿をぺちぺち叩いて筋肉に刺激入れちゃおうかな。スタート台もないんだけど、ぴょんぴょんその場ジャンプもしちゃおうかな。でもそれは砂場でやるとめり込みそうだからやめようかな。

よし、決めた。そうしよう。

ところが、前日の競技説明会で水温24.1度と発表があった。1日で海水温が急激に上がるわけはない。ウェット着用可になると判断し、残念ながら私の一世一代のはったり計画は日の目を見ることはない、とその時点で確信し、その通りになった。

結局当日の水温は24.5度。競技本部の前の白板にウェット着用可と書いてあるのを確かめる。

駐車場への道が混んでいて、最終的に停めたところがひどく遠かったため、ゆとりを持って支度ができるはずが、思いがけずバタバタした。

ようやく入水チェックを済ませ、りんくうビーチに出るがコースが良く分からない。何度も係員やマーシャルの人に確認し、「分かりにくいので放送してください」とお願いする。

私は最終の第五ウェーブだったが、前のウェーブの選手がかなり流されているのがわかる。そのためいつも以上にヘッドアップして目標物を確認しながら泳ぐ。

そのおかげか、第三ポイントまではかなり順調に泳げた。海に朝陽が映り、きれいだなあ、と思うゆとりもあった。

しかし、第三ポイントからフィニッシュゲートに向かう直線に入ったとき、大海原から浜辺がまったく確認できなかった。

自分の目で確認せずに泳ぐのは嫌なのでしばらく立ち泳ぎをしながら目を凝らすが、まったくわからない。「どこ?」とつぶやいたら、どこからか別の選手も「どこ?」と言っている声が聞こえた。しかたないので、生れて初めて他の選手の泳いでいる方向に向かって泳いだ。

しばらく泳いだらようやく浜辺が見えた。ほっとしたのもつかの間、ヘッドアップするごとに流されていることに気付く。

何度も何度もスイムフィニッシュゲートを確認し、ようやく到着。泳ぎ終えて時計を見たら41分45秒。40分を超えてしまったが、このコンディションではしかたないや、と思う。

でも、計測地点がどこだかわからない。小走りで浜辺からトランジットエリアに向かう途中、階段があり、そこで見事にずるっとコケた。ああ、はったり中でなくて良かった、と思って更に進む。途中マットがあり、ここが計測地点かな、と思う。

スイムが目標より数分遅れてしまったので、トランジットで「自分なりに最高に急いで」バイクに向かった。

スイム:泳いだ後にこけ、結構走ったため、結局43分14秒。
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トランジットエリア。これは前日の風景。
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りんくうビーチ。これも前日。

by trineko710 | 2010-09-26 23:03 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(ついに来た編)

いよいよ大会前日になった。

本当は金曜日の早い時間に東京を出て、疲れない程度にバイクコースを試走しようかと思ったが、やらなければいけないことが山積みで明るいうちに現地入りすることはあきらめる。

やらなければいけないことの一つは、親の墓参りだった。彼岸の日も、大会翌週の週末も仕事なので常滑に行く前にお参りをし、「完走祈願」もしてこようと思っていた。つまり、親頼みだ。

ところが、夜中に家を出るときに、あっと思った。

忘れた。墓参りに行くのを忘れた。

何という親不孝な娘。

しかし、親にしてみればいきなり完走を頼まれても困っただろう。だから、来なくてかえってほっとしているに違いない、と前向きに考えることにした。

真夜中に出たので、到着したのは夜明け近かった。
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こうなったら今日は一日寝不足で過ごしたほうが夜よく眠れるだろう、とここも前向きに考え、少しだけ仮眠をする。

10時からの競技説明会に出席する。空港内で開催された。
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その後選手登録を済ませ、昼食は鰻の櫃まぶし。渋滞にはまっているチームメイトにお先にこんなもの食べてます、と写真を送って羨ましがらせる。
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その後ようやくバイクコースの試走にでる。この前わからなかった漁港内を行ってみようと思ったが、今回もコースがわからず途中までで断念。

バイクコースの一部。
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今回の試走の目的は、補給ができることの確認もある。

ハンドフリーで給水ができるボトルは大型で1.5リットル弱入るものにし、それに加えて、フレームに付いているボトルケージを変えてみた。フレームが小さいので、へたっぴの私はボトルを取り出すことができても、なかなか元に戻すことができない。ボトルケージ自体を変え、少し押すと開口部が開いて角度をつけてもボトルを挿入できるものにした。

実験してみたら、ボトルの出し入れ成功。給水所が少ないので、2リットルあればかなり安心と、ほっとする。

次は補給食の練習。ドリンクもゼリーも口が甘くなるが、口なおしにおにぎりを食べるほど片手を離して乗る実力がないので、一口で食べられるお煎餅を試してみることにした。四角い塩煎餅と、うにせんべいと、あとチーズアーモンド煎餅の三種類を用意。私は甘いものは好きではないが、煎餅は大好物。特にチーズアーモンド煎餅が一番好きだが、何と、暑さでチーズクリームが溶けてべたべたになっていた。泣く泣く却下。うにせんも、小粒すぎて取りづらく、却下。四角い塩煎餅は食べられたのでこれだけにする。やっぱりなんでもやってみなければわからないなあ、と妙に感心する。

補給食をいれたベントーボックスからおせんべいを出し、口に運んだ時には「出来た、出来た」と感激したが、味はわからなかった。なぜならそこには畑特有のたい肥のにおいが漂っていたから。何かを食べるには、非常に不向きな場所だった。ちょっと悲しい。

常滑市にはたくさんの池がある。
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畑の中にも招き猫が。
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途中休んだコンビニで二人の男性と話をした。岐阜県の選手だそうだ。「トライアスロンを始めてどれくらいですか」と聞かれたので「最初のレースが今年の四月です。」と答えたら、びっくりされた。そりゃそうだ。二人は一年前に始めたそうだ。ミドルの距離は初めてなので、とりあえずコンビニで休憩して対策を練ることにした、と言っていた。私よりもずっと実力があるに違いないが、同じように不安を感じている選手がいると知り少し安心する。

試走を終え、次はトランジションエリアに行きメカチェックを受ける。クリートがすり減っていることに気づき、取り替えてもらう。大きなレースで不安になっているときに、顔なじみのメカニカルの人に丁寧にバイクをチェックしてもらえるのはとてもありがたい。

バイクの車検も、ヘルメットの検査も合格。私より先にアイアンマンになる。
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もう夕方になっていたが、明日の会場のりんくうビーチにはまだたくさんの海水浴客がいた。バーベキューのにおいもする。明日は、まったく違う雰囲気になるのだろう。

夜はチームメートたちと食事をする。みんな私よりずっと速いし、ほとんどのメンバーがレース直後に東京に帰る予定だ。私はゴールできるかどうかすらわからないので、絶対に待っていないでね、と何度も念を押す。

食事会も8時には終わり、ホテルに戻り、仕度を済ませ、12時頃に就寝する。
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夕暮れのりんくうビーチ。

by trineko710 | 2010-09-24 23:47 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(お涙頂戴はなしよ編)

大会当日皆様に報告した通り、アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパンは無事に完走することができました。

総合時間 8時間9分51秒(完走者914人中910位)
スイム 43分14秒(466位)
バイク 4時間17分36秒(931位)
ラン2時間58分10秒(878位)
トランジション(スイム→バイク)6分08秒
トランジション(バイク→ラン)4分43秒

本当に応援ありがとうございました。最終走者だったのに、順位が最終ではないのは、ウェーブによってスタート時間が違うため、私より早くスタートした選手も多くいたためです。

では、レースレポートです。
ちなみに、ミドルのレースです。いつものショートの2倍以上の距離です。
なので、レポートも「きわめて」長文です。許して。
では、よろしくお願いいたします。

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(お涙頂戴はなしよ編)

常滑のバイクコースに試走に行った。

大会に出ようかどうしようか、まだ迷っていた時のことだ。

キャンセル待ちの連絡が来たときに、大会委員会に制限時間について問い合わせたところ、8時間10分ということだった。頭の中で計算をしてみると、ランで焦らないようにするためには、バイクを4時間で回れれば理想的だった。

空港のまわりだから、バイクコースはフラットだろう、という何の根拠もない思い込みから、時速23キロだったら大丈夫かな、と思いエントリー料金を入金した。

それからずいぶんして、バイクコースは激しいアップダウンの続くコースだということが分かった。

焦った。

私が出場したアップダウンの続くコースと言ったら、ひわさうみがめトライアスロンがある。あの時は、トランジションが入っていたとはいえ、平均時速約20キロで、合計2時間近くかかっている。

バイクに4時間半もかかったら、時間内にゴールできない。

どれくらい時間がかかりそうか、とにかくコースを走ってみることにした。

そして、一つ一つの坂は登りきれる勾配だけれど、これを90キロ続けて走ったときに、4時間以内でバイクを終えるのはかなり難しいだろうということを実感した。

帰りの車の中で、どうしようかな、とずっと考え続けた。

あまりにも無謀ではないか。まったく、どうかしてる。トライアスロンを始めて、まだ数カ月しかたっていないのに。去年の暮れから練習を始めたといっても、途中怪我等で練習できなかった時もあったので、実際はまだ半年くらいしか経っていないじゃないか。

やっぱり、棄権したほうが良いだろうか。

運転しながら、ため息しか出なかった。

その時に、急に朋子さんの顔が浮かんだ。

朋子さん。愛称は朋子姐さん。

私よりも二つ年上で、最愛の夫と猫二匹と暮らす、美人で才媛で、良家のお嬢様として育ったのに気取ったところは少しもなく、上のひとにはへつらわず、下の者へは面倒見がよく、めっぽう酒に強い、仕事を通じて知り合った友人だった。そして、一年に数回、朋子姐さんを含む友人たちと誰かの家に集まり、美味しい料理を食べつくし、ワインを飲みつくし、そして、おしゃべりをしつくす、ということをここ何年間も続けていた。

去年の12月23日にクリスマスパーティーがあった。

そのときに「トライスロンに出るんだ」とみんなに報告した。

いきなり突拍子もないことを言いだした私を、みんなは応援してくれた。

朋子姐さんは「どこでやるの?」と聞いた。

「石垣島。」と答えると、「あら、近場ではないの?」

「近場だったら、応援に行きたいわ。」と言ってくれた。

思いがけない言葉に「あるかもしれない。探してみる」と答えながら、私はその言葉がとても嬉しかった。

年が明け、お正月が過ぎてまだ日が浅いときに、朋子姐さんは突然亡くなった。

心臓発作だった。

あまりのショックに、しばらくは泳ぐのも走るのも、何をするのも気力がなくなってしまった。

でも、応援してくれたから、と思いなおし、それから一月ほどたってから練習を再開し、4月の豊崎の大会に出て、完走した。飲み仲間たちと、朋子姐さんが応援してくれてたよね、きっと、と話した。

竹を割ったような性格の彼女は、お涙頂戴が大嫌いだった。わたしも、好きではない。だから、毎回大会に出るたびに彼女のことを思い出しながら、ということはなく、それからはたんたんと練習し、試合に出るということを繰り返した。

それなのに、突然、車を運転していて彼女のことを思った。

朋子姐さんは亡くなる10年以上前に、ごくごく初期のガンの手術をし、完治している。でも、その経験から「人間はいつ死ぬかわからないのだから、好きなことして暮らすのよ。」とよく言っていた。そして、その通りになった。

「生きているんだから、やりなさいよ。」

と聞こえたような気がした。

そうだよな、と思った。

トライアスロンは私にとっては遊びだ。でも、こんな遊びも、今、偶然生きていて、たまたま健康だから、やろうと思えばできる。来年どうなっているかなんて、わかりはしない。

出よう。

冒険だし。失敗してもいいじゃないか。

完走したら、朋子姐さんのこと、書こうかな、と思った。

「心配しないで。お涙頂戴にはしないから。」と心の中で約束した。
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試走の時にホテルから見えた夜明け。

by trineko710 | 2010-09-23 00:14 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン

応援してくださった皆様、ありがとうございました。

夢の完走しました。

8時間9分51秒、制限時間9秒前、最終走者でした。

嬉しかった。

本当にありがとうございました。

by trineko710 | 2010-09-19 20:52 | レースレポート

アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(待望の出会い編)

常滑に来たら、絶対に会いたかった。
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とこにゃん。

誰でも知っているかと思ったら、聞く人聞く人「僕、ここ出身じゃないので」とか「私隣の市のものなんです」という答えが返ってきた。どうしよう、会えなかったら、と思ったら、空君という犬の散歩をしていた女性がとても親切に案内してくれた。

恒例の神頼みをしようと思ったが、残念ながら神社が見当たらなかったのでとこにゃん頼みにした。

常滑市では日本の招き猫の80%が生産されているそうだ。ぜひとも買って帰りたい。

招き猫通りがあり、壁面に芸術家の作った猫が展示されており、各々にテーマがある。
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一番最初にかわいいと思った猫。
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しかしテーマはぼけ防止だった。

非常に大事だが、今回の目的に合ったものを探そう。

あったあった。
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これも大事。
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猫たちのことも。
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そして、これは普遍的に大事。
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いよいよ今日になった。なんだか信じられない。

恒例の目標タイム。

スイム(1.9キロ)40分 潮がキツイらしい。難しいかも。でも、目標は目標。
バイク(90キロ)平均時速23キロで、4時間。どうなるかな・・・。
ラン(21キロ)練習で走った時は2時間36分~53分だった。暑い中走るので、2時間45分かな。
トランジット 20分。え、長い?まあまあ。

合計は・・・7時間45分。制限時間8時間10分。果敢な目標タイム。でも、本当は8時間9分59秒でも完走できればいいんだ。

完走できますように・・・。とこにゃん、よろしくね。

by trineko710 | 2010-09-19 05:07 | レースレポート

常滑到着

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この子の名前は「謎の旅人フー君」というそうです。

by trineko710 | 2010-09-18 05:55 | レースレポート

調整

明日常滑に移動する。

現在、準備度20%。寝られるのか、今日。

あ、明日じゃない。すでに今日になってる。

9月14日(水)スイム(SSS) 1000m位? 水温に合わせて3パターンのスイムウェアをトライした。

① コンプレッションタイプのバイクパンツとブラトップの上にウェットスーツを着る。これは、バイクパンツのパッドが浮力がありすぎ、却下。

② トライスーツのパンツとブラトップの上に、ひと月前に買っていたけど忘れていた、新しい水着(でも高速競泳用水着ではない)を着る。これは、下半身がきつく感じた。

③ ②と同じだが、上に着る水着は古くてサイズが一回り大きい。これが一番楽だったかも。でも、水の抵抗満載。

ということで、③に決定。コーチにお願いして、練習メニューも一人調整メニューで泳いだ。だから、泳いだことでは疲れなかったけれど、何度も着替えたのでそれで疲れた。

アマゾン・ドット太郎。
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ちょっとピンぼけ。後ろに牛が並んでいる。なぜこの箱はこんなに人気なのだろう。

by trineko710 | 2010-09-17 00:37 | トライアスロン

トランジション

9月13日(月)スイム(夜サニー)2300m/2350m中
9月14日(火)ラン 4.88キロ 36分40秒48(7.31分/キロ)

そしてトランジションの練習。もしもランまでたどり着けたら、21キロと長いのでいつも練習中に履いているサポートタイプのタイツを履こうかどうか思案中。履くのに時間かかるからなあ・・・。

というわけで、何分かかるか、ストップウォッチで測ってみた。

2分26秒。

当日はバイクの後で疲れてるだろうし・・・。手がしびれてるかもしれない。そうしたら、ますます時間がかかる。

トランジションが5分長くなっても、着たほうが良いかな・・・。

練習すると、速くなるのだろうか?
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箱牛久々に登場。アマゾン・ドット・牛。

買い物に行く時間がない。

by trineko710 | 2010-09-14 23:31 | 練習