これって楽しいことらしい


トライアスロンって楽しいよ、とトライアスリートに言われ真に受けた私。ホントカイ。真実を探る旅、開始!
by trineko710
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カテゴリ:ハワイ( 9 )


更新

ずっと更新していなかったのに、訪ねてきてくださった皆様、そして心配してくださった皆様、ありがとうございました。

震災からしばらくして、とてもひしゃげてしまいました。落ち込んだ、というよりも、気持ちがしなびた感じでした。風船から空気が抜けて、べたっと床に延びているような感じとも言えます。

でも、ようやく少しずつ風船に空気がもどってきました。

久しぶりに自分のブログを見て、そういえばにゃんのぶんむくれた顔がずっと載っていたのだ、と気づき、ちょっとおかしくなりました。何か別の写真を探していたところ、下の写真に目がとまりました。

ハワイの話も書き終えていませんでしたが、これは私がハワイで一番好きな景色です。

ワヒアワという田舎からノースショアに向かっていく一本道の前が突然開け、海が見えます。ノースショアに行くには他にも方法がありますが、この景色が見たいので、いつも島の真ん中を突っ切っていきます。

初めて見たのは30年以上前でした。その時は道の両側に青々とサトウキビがしげり、水色の空と藍色の海に緑のサトウキビと赤い土が、まさに目に焼きつきました。

ブログ再開の一枚はこれにします。

何回かしぼんだ時の気持ちを書くかもしれません。

これからもよろしくお願い致します。
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by trineko710 | 2011-06-30 00:24 | ハワイ | Comments(9)

ローカルな地域

ハワイは山が多い。

海のイメージが強かったので、最初はびっくりした。ところが、ひとたびビーチを離れると、山や丘、坂に囲まれる。

だから、こういう表現がある。

makai(マカイ)とmauka(マウカ)。kaiは海のことなので、マカイとは海側、マウカは山側の意味だ。

これが、慣れると非常に便利だということが分かる。

最初はさっぱりわからなかった。たとえば、どこかに行きたいとする。迷って電話をする。すると、○○通りのマウカ側よ、とか言われる。何々を背にして右側、などとは言ってくれない。でも、それで良いのだ。山と海は動かないのだから。どちらの方向から来ようが、山側、山側、と思っていればそのうち見つかる。

しばらく住むと、どっちが山でどっちが海かわかってくる。そして、この表現になんの疑問も持たなくなったときに、少しハワイ暮らしになれたかな、と感じることができた。

ちなみにハワイ大学マノア校、というのは、「マノアという場所あるハワイ大学」のこと。このほかにもハワイ大学組織に属する短大や四年制大学が各地にあり、それぞれ最後にその地域の名前がついている。

マノアはManoa Valleyと呼ばれていて、ここも山に囲まれている。

家から山に向かって車で少し走ると、マノア・ヴァレー・マーケットプレイスという小さなショッピングセンターがある。マノアは大学の先生やアーチストが好む場所だったので、このマーケットプレイスも、静かで大人っぽい雰囲気がしていた。

今回数10年振りに行ってみたら、レストランは昔と入れ替わったようだが、その雰囲気は変わらなかった。そして、早朝だったが、朝市が出ていたのでたくさんの人が訪れていた。ベーカリーやコーヒーショップもあり、焼きたてのパンを買い求める人も多かった。
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ジョギングをしていた時には、ここを折り返しにすると家から往復5キロ弱だった。

緑に囲まれた道路を走ると、丁度家に着くころにはワイキキの夕日が見えた。あんな贅沢なジョギングは、もうできないかもしれない、とつくづく思う。
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ここでも食べたスクランブルエッグとポーチギーソーセージの朝食。ちなみに、これはご飯は「1スクープ」といって普通の半分。ハワイでは何も言わないと必ず「2スクープ」ついてくる。

スープは餃子を二つ折りにしたような「マンドゥ―」が入っている、マンドゥースープ。ワンタンスープのようなものだ。

by trineko710 | 2011-01-24 01:43 | ハワイ | Comments(2)

ローカルな家

友人の息子さんが住んでいるのは、私がハワイで最後に住んでいた場所のすぐ近くだったので、懐かしくなってその前を通ってきた。

ここが、私がかつて住んでいた家だ。大学から歩いて5分の便利な場所だった。
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ちなみに、ここから車で5分もしないところに、オバマ大統領の通っていたプナホウ高校がある。

4部屋あったので、ハワイ大学に通う四人の女子学生が共同で住んでいた。一部屋はリビングルーム仕様だったので、20畳くらいあっただろうか。そのほかの三部屋も、10畳はあったと思う。もっと広かったかもしれない。

あとは、共同のキッチンとバスルーム。

大家さんは日系の女性で、早くに御主人を亡くしていた。そのため、大きな家に住む必要はない、ということでこの家の裏手にこじんまりとした家を建て、こちらのほうは貸し出していた。

家賃は破格に安かった。十分な広さがあったのに一部屋105ドルだったと記憶している。私は順番が来て大きな部屋に移ったが、それでも115ドルだった。当時は学生の住むところは大体400ドルくらいしたので、本当に助かった。

安い家賃の唯一の条件は家をきれいに保っておくこと。だから、三人のハウスメイトと掃除当番をつくり、皆できちんとそれを守った。今の私の生活とは大違いだ・・・。

今回家の前を通ったら、窓の内側にビニールが張ってあった。ペンキを塗り替えたのだろうか。大家さんはどうしていらっしゃるだろう。今でも本当に、感謝している。

by trineko710 | 2011-01-23 00:38 | ハワイ | Comments(0)

ローカルな食事

ローカルな(貧乏学生の)食事、といったほうが正しいかもしれない。

久しぶりに食べたいものがあった。

マックで買える、朝ごはん。
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スクランブルエッグとポーチーギーソーセージというおそらくハワイ独特のソーセージと、ご飯の取り合わせ。これに醤油が付いてくる。私は卵にかけるが、白人は十中八九ご飯にかける。

20数年前と同じ味だった。ごはんは思ったより固かったかな。

貧乏学生だったので食事はほとんど自炊だった。

たまの外食は、今はもう無くなってしまった大学近くのピザハット。デリバリーではなく、レストランだった。それから、当時から人気のあったタイ料理。ベトナム料理。中華料理。当時の20ドルは大金だったので、だいたいそれでお釣りの来る金額のレストランばかりだった。あの頃は1ドル250円だった。

80年代にはロコモコなどなかったように思う。ミートローフという引き肉料理にグレイビーソースをかけたプレートランチはあったから、あれがロコモコの原型かもしれない。

今はブランド海老になったカフクシュリンプもなかった。カフクで海老の養殖をしていたことは知っていたけれど。

そのころ、地元の人が良く食べていたものは何だったかなあ、と考えてみた。思い出した。「しょうゆチキン」だ。

骨付きの鶏肉を、水、醤油、黒糖、にんにくで煮込む。時々油を取り除く。ひたすら弱火で、汁が煮詰まるまで待つと、肉が骨からほろりと取れるまで柔らかくなる。それとご飯をお皿によそい、汁をご飯にかける。それだけ。でも、人気があった。ポットラックパーティーという、持ち寄りのパーティーに行くと、必ず誰かが持ってきていた。おそらくもともとはフィリピンの料理だと思う。

こんどつくってみようかな。家中がしょうゆチキンの匂いになるけれど。
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こんな景色を見ながら食べるだけで、何でも御馳走になる。

by trineko710 | 2011-01-21 00:30 | ハワイ | Comments(0)

キャンパス

去年の12月に、7年振りにハワイに行ったのはこのブログでも報告した。

7年ぶりだったからか、私が年を取ったからか、今回はいつになく昔を思い出す旅行になったことも書いた。

そもそもが、私の高校時代の親友の息子さんが交換留学でハワイ大学に行っていることが発端だった。彼は今、大学3年なので、21歳だ。私がハワイに行ったのも、彼と大差ない年齢の時だった。そして、私がハワイに行っているときは、彼はまだこの世に存在していなかった。

もうそんなに経ったんだ。

そして、私はそんなに若かったんだ。

大変だったわけだな、と思った。

キャンパスを案内した。
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芸術学部の建物。Art Buildingという。わかりやすい名前。
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中庭の竹。私が通っていたころはまだ背が低かった。きっと植えたばかりだったのだろう。

そう、専攻は美術だった。主専攻は油絵で副専攻は写真。なにせ教室が広いので、自分で作ったドデカイキャンパスに絵を描いた。テラピン油で頭がくらくらし、暗室で写真を現像する日々だった。

油絵はデカすぎたし、なぜかまたいつか描くだろう、と思って当時の作品は1枚も持って帰らなかった。結果的には、卒業以来1枚も描いていない。写真は、皆様ご存じのとおり猫の写真を撮るだけだ。
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ブックストアーがある建物の壁画。ハワイの歴史を表している。私が通い始めたころは無かった。確か、三年生のころにできたのだと思う。ハワイアンの血をひく同級生も描くのを手伝っていた。
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キャンパスから見えるダイヤモンドヘッド。

これからあと何回か、ハワイで行った思い出の場所のことを書いてみようと思う。

by trineko710 | 2011-01-19 02:12 | ハワイ | Comments(0)

約束

シアトルから洋子が帰って来た。

なので、雅子と三人で会った。

洋子と雅子と私は、かれこれ30年前に一緒に英語を勉強していた。三人とも同じ横浜出身だったので、ご飯を食べに行ったりして仲良くなった。

そこを卒業後は、洋子はすぐに留学し、雅子は一流企業に勤め、私も一年経たないうちに留学した。私がハワイにいる間に二人とも結婚した。

そのあと、私が帰国して数年間三人共日本にいた時期があったけれど、洋子は更に勉学を目指し、再びシアトルへ渡っていった。そして、今もアメリカ人の旦那さんと一緒にシアトルに住んでいる。

洋子が二度目の渡米をして、何年になるのだろう。95年に遊びに行った時は、すでに数年たっていたから、20年になるのだろうか。

私は自他共に認める世界一の筆不精なのに、二人との付き合いは続いた。二人が我慢強いからだ。知り合って30年、けんかしたこともあったような気がするが、なんだかみんな忘れてしまった。私が悪かったら、ごめん。

忘れついでに、この前いつ会ったかも定かでなくなってしまった。洋子は2年前だという。私は5年前だと思った。どこで会ったかも諸説あった。家に帰ってみんなで調べてみたら、2007年だった。でも、それ以降にも一回会っているという説も、まだある。

だから、今回は絶対に訳が分からなくならないために、ブログに書いておくことにした。2011年1月2日に、三人で会った。焼肉食べた。楽しかった。

このようにゆるい付き合いが、30年続いている。会うと、なんだかちっとも変っていない気がする。

私がハワイにいた時に、洋子も雅子も遊びに来た。洋子は、私がハワイに行った年だから、82年。雅子は、それから1~2年後だった。

でも、三人揃ったことはなかった。よく考えたら、三人で旅行をしたことがない。だから、約束した。

三年後に、ハワイに一緒に行こう、と約束した。

ゆるい三人が立てた、初めての長期的な約束。楽しいだろうなあ。
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洋子がハワイに来た時。どこの海岸だったかな。ノースショアかな。
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雅子とワイキキ動物園の前で。この近くにテニスコートがあり、テニスをした。私は下手だが雅子はうまい。
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昨日の二人。背景は東京ミッドタウン。

行こうね、ハワイ、絶対に。三年後。

by trineko710 | 2011-01-03 22:27 | ハワイ | Comments(0)

タラップ

帰国した。

飛行機のタラップを降りたらそこは雪国だった。

雪国は嘘。でも、タラップは本当。そして雪は降ってなくても寒さが身に凍みた。

オアフ島は7年ぶりだった。そして、昔のことを多く思い出す旅になった。

でも、年末のこの忙しいときに長文を読んでくれる人はいないだろうから、年が明けたらにする。
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この方も休暇中だった。いつ到着するのか連日ニュースになっていた。

私はオバマ大統領を応援しているので、これがすぐにプレミアムグッズにならないように、頑張ってほしい・・・。

by trineko710 | 2010-12-28 19:20 | ハワイ | Comments(0)

Mele Kalikimaka

ハワイ語でメリークリスマスの意味です。
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by trineko710 | 2010-12-25 12:34 | ハワイ | Comments(0)

ALOHA

まだ将来にきわめて楽観的だった今年の夏、年末に旅に出ることに決めた。

友人の息子さんがハワイ大学に一年間の交換留学に出るということで、では、と母校とハワイを案内する役を買って出た。

あの頃は無邪気に信じていた。年末には、すべてのプロジェクトが完成し、部屋も片付け、年賀状も書き終え、すっきりした気持ちで休暇を謳歌できるということを。

なんだか後先考えずにハーフアイアンマンに申し込んだときの気分に似てる。

ところが、すべての用事を片付けることはハーフアイアンマンよりも厳しいことだったらしく、全部終わらせるなんてとんでもなかった。やっぱり制限時間を見極めるのって、大事だと思った。

だが、一番大事な超巨大ウルトラプロジェクトAは終わらせてきた。イエイ。

しかし、後は、全て、わかりやすくいうと、ほっぽらかしてきた。

そして、こんな中途半端な状態では、ハワイに行っても楽しめないのではないかと思っていた。

でも、来たらやっぱり楽しい。

それがハワイ。
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ちなみに、ハワイに来る前に少なくともこれだけはやって出発しようと思っていたことをきちん終わらせ、封筒に納め、バッグに入れて自宅を出た。

えへん、ちゃんとこれだけはやったもんね、と思いながら。

そして、搭乗口に入り飛行機に乗る直前、携帯電話をしまおうとバッグをあけたらその封筒があった。今は、その封筒もハワイをエンジョイしている。まだまだ、油断をしてはいけないと思った。

by trineko710 | 2010-12-22 18:28 | ハワイ | Comments(2)