これって楽しいことらしい


トライアスロンって楽しいよ、とトライアスリートに言われ真に受けた私。ホントカイ。真実を探る旅、開始!
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2010年 09月 29日 ( 1 )


アイアンマン70.3セントレア常滑ジャパン(ラン・最後の走者編)

注意:長文です。本当に長文です。何回かに分けようかと思いましたが、一気に載せました。お時間のある時にお読みいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。

バイクをラックにかけ、ヘルメットを外し、手袋を外す。コンプレッションタイツの上から履いていたバイクパンツを脱ぎ、ランシューズを履き、サンバイザーをつけ、VESPAを飲んで出発した。

トイレが離れたところにあった。1分でも1秒でも惜しかったし、大量に汗をかいていたので、思い切って行かずにランに出た。こんなことは初めてだった。

トランジションエリアの出口に一つ目の給水所がある。時間が気になったが、身体を冷やさなければと思いスポーツドリンクを飲み、ボランティアの人に首筋に水をかけてもらい、スポンジを受け取って走り出した。1時3分くらいになっていた。

走り出してからガーミンをオンにするのを忘れたことに気付く。セットしてもなかなか作動しない。ひとつひとつのことがもどかしい。ようやく動き出した。

しばらくバイクコースと並行した歩道を走る。

暑い。とにかく暑い。またゆでだこだ。

いつものように、ぺたぺたぺたぺたと走る。ひたすら、歩いているかのように、走る。

折り返してしばらく経つと、たくさんの選手が見えてきた。コースが複雑すぎて、反対側を走っている選手が何キロ地点にいるのか皆目見当がつかない。それでも、賑わっているコースを走るのはなんとなく安心する。

しばらくしてからラップを確認する。

キロ8分36秒。

愕然とする。

今までの51.5キロでは、ランのラップはどんなに暑くても、どんなに遅くても、7分30秒台だった。

これが、40キロと90キロのバイクの違いか・・・。

先行きが心から不安になる。

一度だけ、キロ8分30秒台で21キロの練習をしたことがある。その時は2時間54分弱かかった。本当に、ぎりぎりだ、と思った。

キロ表示ごとにラップを確認する。そして、あるとき、更に遅くなっていることに気付く。キロ8分50秒台になったときに、普通の時計表示に切り替えた。ここまできたら、あとどのくらい時間が残っているかのほうが大事だった。

5キロ地点まで来たとき、対面では歩いている選手が少しずつ増えてきた。ちょっとうらやましかった。私は歩いたら、時間に間に合わない。だから、走るしかなかった。

広い公園内の道路をコーンでいくつもに区分けし、行ったり来たりする。折り返しが来ても、それで半分済んだ、ということでもない。複雑極まるコースだったが、ボランティアの指示がしっかりしていたので、間違えることはなかった。

だんだんすれ違う選手の数が減り、ランコース内も寂しくなってきた。

10キロ地点で時計を見る。2時24分。11キロでは2時33分。

キロ9分。

12キロ地点でも、速くなることはなく、2時42分だった。

合計21キロ。このままキロ9分だったら、どうなるのか計算した。

えーっと。21キロから12キロを引くと・・・9キロ。相当時間がかかって答えが出る。それで、9かける9は、っと。九九ができない。うーんっと、はちじゅういち??

心配だったので検算した。9かける10で90だから、そこから9を引くと、ああ、81だ。あってる、あってる。

さらに、2時42分に81分を足すという高度な計算をしなければいけない。

えーっと。81分は1時間21分だから、2時42分に1時間21分を足すと・・・4時3分。

出た答えは「間に合わない」。

12キロを過ぎたところで、完走が本当に厳しくなってきた。

13キロくらいのところで、私より若い女性選手が歩いていた。通り過ぎる時に「まだずいぶんありますねえ・・・。」と彼女は言った。「そうですね・・・。頑張りましょう。」と返事をしたら、おもむろに走り出した。

100メートルくらい伴走しただろうか。ふっと気配がなくなった。後ろから「頑張ってください。」という声が聞こえた。

その後に、かなり軽快な走りの女性が私を抜いて行った。レースナンバーを見ると、私よりもエイジグループが一つ上だった。「まだ、間に合うわよね。頑張りましょう!」と声をかけてくれた。「大丈夫ですよ!頑張ってください!」と言いながら、私はこれ以上速く走れないけれど、と彼女の力強い走りを見て思った。

時間がないのは分かっていたけれど、全ての給水所で停止した。コーラを飲み、スポーツドリンクも水も飲み、身体に水をかけ、スポンジを交換した。ボランティアの人たちが、その都度励ましてくれた。

橋のカットオフって何時だっけ?と思った。

この大会では、中部空港へ渡る自動車専用の橋を渡って空港内の臨時駐車場のゴールまで行くため、橋を渡る手前が最終関門になっている。

4時13分だっけ。12分だっけ。いずれにしても、橋を渡ってからキロ8分で走らなければいけない計算だったことだけは覚えている。試合前から、そこまでぎりぎりになったら、キロ8分で走りきれる自信はなかった。

自転車に乗ったマーシャルが現れた。「後10分で、約1.5キロ。間に合いますか?」と聞かれた。「10分で1.5キロでは無理です。」と答えた。

「ああ、無理だ、これでおしまいか」と本気で思った。でも、もう少し時間があったような気もした。

なぜか止まらずに走り続けた。

それでも、トランジションエリアから、仲間に、コーチに、メールを送っている姿が目に浮かんだ。「橋でカットオフになりました!」

ブログでも報告しなきゃ。みんな、励まし、慰めてくれるだろうけど、残念だなあ。良い報告がしたかった。

朋子姐さん。完走しなかったら、恰好悪いから、書かないほうが良いかなあ。

あ、とこにゃん。完走できなくても、とこにゃんのせいじゃないからね。

そんなことを考えながら走っていたら、年配のボランティアの女性が、私を見て「偉いわねえ・・・。最後まであきらめなくて。眩しいわね。」と言っているのが聞こえた。

特に固い決心があるわけではなかった。実は、駄目だと確信していたけれどなぜかそのまま走った。よくわからない気持ちだった。自分から辞めることないかな、はい、ここまででストップ、といわれたら、やめればいいんだから、という心境だった。

自分がいったいどこに居るのか、どこに向かっているのかもわからぬまま進んでいたら、右手に坂が現れ、そこを先ほどの女性が上がっていくのが見えた。

ここが橋か。ああ、彼女、渡れたんだ。良かった、と思った。

いよいよ橋のふもとに来た時、ボランティアの女性が「あと1分・・・いや、2分!」と言った。それと同時に、先ほどのマーシャルが現れた。

「カットオフですか?」と大きな声で聞いた。止まる準備をした。

「行けますか?」と聞かれた。

思いがけない問いかけに、びっくりした。

「はい・・・。」と答えると、「ここまで来たのだから、ゴールしたいでしょ。」と言ってくれた。

「はい・・・。でも、4時過ぎちゃいます。」と答えると、「大丈夫ですよ。もう少し速く走れば。」と言われた。

「これ以上、速く走れない・・・。」と言ったら「じゃあ、ここだけ少し速く走って。」と促され、橋のチェックポイントに着いた。給水所で水分を補給していたら、おそらく医師だろう男性が、マーシャルに「大丈夫ですか。」と尋ねた。マーシャルは、「はい、この選手を、橋を渡る最終走者とします。」と答え、本部に連絡した。

新しいスポンジをもって橋を渡る直前、係員の男性から「絶対にゴールしてくださいね。」と声をかけられた。

「はい。」と答えて、橋に入った。

4時12分のカットオフを少し過ぎてしまったのだろうか。数秒か。数十秒か。水を飲んでいるうちに過ぎたか、それは分からない。

でも、絶対にゴールして、恩返しするんだ、と心に決めた。

橋を渡りながら「遂に最終走者になったか。」と思った。いつか、どこかの大会でなるとは思っていた。ハーフとはいえ、アイアンマンでなるなら、本望だった。

橋は思ったよりも走りやすかった。時間のせいか、橋の側壁が日かげをつくっていた。

橋に立つ警備員の方が、後少しですよ、と声をかけてくれる。

遠くに人影が見えた。先ほどの女性選手だ。影が少しずつ大きくなる。歩いたり、走ったりしているようだった。

橋を走り終えた。降りたら、前を行っていた女性選手と、先ほどとは別のマーシャルが居た。そのマーシャルは、私の顔を見て「大丈夫ですか?リタイアしませんか?無理してほしくないんですよ。本当に大丈夫ですか?」と聞いた。

ここでリタイアするわけないじゃないか、と憤慨しながら「大丈夫です!橋を、渡らせてくれたんです!絶対にゴールするって約束したんです!」というようなことをものすごい剣幕の早口でまくしたてた。

おそらく何を言っているのか、さっぱりわからなかっただろう。でも、元気なことはわかったらしく「リタイアしないと言っています」と本部に連絡していた。

もう一人の女性は何も答えなかった。でも、一緒に走り出した。

走り出してしばらくしたら「私ね、さっき、もうやめようって思ったのよ・・・。でも、間に合うかもしれないわね。」とぽつりと言った。

「そうですよ・・・。間に合わなくても、ゴールさせてくれるかもしれないし・・・。」と答えた。この時は、本当にそう思った。間に合わず、記録に残らなくてもゴールだけくぐらせてくれたら・・・、それが望みだった。3時28分になっていた。

ほどなくして、彼女が止まるのが分かった。振り向くと辛くなるから、そのまま走り続けた。

18キロ表示を過ぎたころ、自転車に乗ったマーシャルが来た。初めての人だった。無線で「今、最終走者のところです。○○○○番の選手はリタイアしました。」と報告していた。先ほどの女性選手だった。彼女の気持ちを想像した。

このころから、沿道のボランティアの人たちの応援が力強くなってきた。

最後の給水所の前で、マーシャルが「本当に大丈夫ですか?」と聞いた。「はい、私、単に遅いだけで、元気ですから。」と答えた。いつも通り、コーラとスポーツドリンクを飲み、最後のスポンジを握って走り出した。ボランティアの人たちが盛大な応援で送りだしてくれた。

東横インの駐車場を通りがかった。「おーい、おーい」と、私のあだ名を呼ぶ声がした。これから東京に帰る仲間かな。手を振ってこたえた。

私の泊まったホテルの駐車場でも、「もう少しだ、もう少しだ!」とそこにいる人が応援してくれた。

もう一人マーシャルが来た。しばらく二人のマーシャルに囲まれて走っていたら、かすかに人影が見えてきた。

「選手かもしれないので、行ってきます」と一人がそちらに向かった。

100メートルほど走ったら、その選手のところに着いた。その背の高い男性は、汗だくになりながら、私のほうを見、にっこり笑って「頑張ってください。」と、傍らにいた奥さんらしき人が「まだ、間に合いますよ。」と言ってくれた。

「頑張ります。」と応えた。ここまで来たのに。どんなに残念だろう。それでも応援してくれる気持ちがありがたかった。

ようやくあと2キロになった。

「あそこに、タンクがあるでしょう。あの横がゴールですよ。もう、ゴールが見えてきましたよ。」とマーシャルが穏やかな口調で言った。

私は、まだまだあるなあ、と思った。

とぼとぼと、それでも走り続けた。時折時計を見た。いつの間にか、絶対に間に合わない、から、間に合えば良いなあ、に変わっていた。

マーシャルが私の通過点を要所要所で報告していた。

あれが20キロ表示かな、と思ったときにこう言った。

「今、ゴールを開けておいて良いという許可が出ました。ゴールは待っていてくれますよ。」

そうか。ゴールはくぐらせてくれるんだ。良かった。心からほっとした。でも、間に合いたい。間に合ったらどんなに嬉しいだろう、と思って時計を見た。

「後1キロちょっとで、11分です。間に合いますよ。」とマーシャルが言った。

ゴールは駐車場の中にあり、駐車場に入るためのゲートがある。

ゲートに着いた。

ここがそうか。でも、実感がわかなかった。

「あそこにある緑のフェンスのところが最終ランで、最後に右に曲がったら、フィニッシュゲートがありますよ。」

「長いですね・・・。」と言った。

「長くないですよ。すぐですよ。」とマーシャルが答えた。

遠くで「最後の走者の入場です!盛大な応援をお願いします!」というDJの声がかすかに聞こえた。

「ほら、みんな応援してくれていますよ。」マーシャルが言った。

どこかから、私の名前を呼ぶ声がした。周りには観客は誰もいない。誰だろう、と思ってきょろきょろした。後ろを通る車からだった。走りながら後ろを振り向いて、大きく手を振っていたら「ほらほら、ちゃんと前向いて。」と諭された。

ゲートを入った道から右に曲がって、ようやく緑のフェンスに囲まれたフィニッシュロードに入った。

誰かが私の名前を呼んでいる。

サニーフィッシュのコーチだった。このコーチには、バイクのプライベートレッスンも時々お願いしている。つまり、私のへっぽこぶりをこの世でもっともよく知るコーチの一人だ。

まだ何も知らないころ「常滑のハーフアイアンマンに出たいんですよね~」と呑気に話したら唖然としていたコーチが、私を見て「よく走りきりましたね。」と笑顔で言ってくれた。

「こんなに遅くなっちゃいました。」と答えながら、ああ、ゴールまでこれて、本当に良かったとしみじみ思った。

そのあと少しして、一人の女性が「後1分」と言った。

え、と思ってマーシャルを見た。

「そうですね。後1分ですね。もう少し頑張って、そこの右を曲がれば、もうゴールです。みんな待ってますよ。」

私はその言葉に返事をしただろうか。そこからは、良く覚えていない。ただただ、猛然とダッシュをした。

最終の右コーナーを曲がったら、大きな大きなフィニッシュゲートが見えた。デジタルの時計は、8時間29分28秒を指していた。後32秒。周りの歓声と、カウントダウンが、近くで聞こえるような遠くで聞こえるような不思議な感覚の中で、ゴールに突進した。

ゴールテープを切ったとき、後ろの時計は見なかった。見なくても、みんなの笑顔で、間に合ったことがわかった。
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by trineko710 | 2010-09-29 00:08 | レースレポート